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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第六章 二回目の冬

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第45話:内部監査

――測れないものを測る


年度末。


長机の上に、分厚い報告書が並ぶ。


内部監査報告書。


平均成績向上。

再挑戦成功率上昇。

進路決定率安定。

苦情件数減少。


どの数値も、優秀。


リシャールは静かに言う。


「制度は安定しています」


「成果は明確です」


官僚的にも、教育的にも、成功。


反論の余地はない。


王子は報告書を閉じる。


「では、揺らぎはどうだ」


沈黙。


リシャールが瞬きをする。


「……揺らぎ、ですか?」


「揺らぎ指数を測れ」


静かな宣言。


会議室の空気が止まる。


レディアナがわずかに目を細める。


興味と、警戒。


「揺らぎを、数値に?」


王子はうなずく。


「この制度の核だ」


「だが報告書にはない」


確かに。


成果はある。


だが挑戦の衝動は?


議論の摩擦は?


迷いの痕跡は?


どこにも記録されていない。


王子は新たな紙を取り出す。


仮題:


揺らぎ指数(仮)


項目案。


・挑戦率

・失敗許容量

・議論衝突数


リシャールが困惑する。


「挑戦率……?」


「高難度課題選択割合」


「再挑戦申請件数」


王子は淡々と続ける。


「失敗許容量は、失敗後の継続率で測れる」


「議論衝突数は、討論記録の対立発言数」


会議室にざわめき。


リシャールは眉を寄せる。


「それは……制度の安定を損なう可能性があります」


「衝突数が増えれば問題視される」


「失敗件数が増えれば評価が下がる」


王子は静かに返す。


「だが、それが減り続けている」


一瞬、空気が冷える。


最近の討論は穏やかだ。


挑戦課題選択率は微減。


再挑戦申請は減少傾向。


数値は安定。


だが。


揺らぎは?


レディアナが小さく言う。


「測れないものを守るのは難しい」


「だから測る、ということですか」


王子はうなずく。


「守るために」


皮肉だ。


揺らぎを守るために、


揺らぎを数値化する。


リシャールは机に手を置く。


「数値化すれば、管理対象になります」


「揺らぎが義務になる危険があります」


「衝突数を増やすための衝突が起きるかもしれない」


正しい。


制度は数値に従う。


数値は行動を誘導する。


王子は目を閉じる。


「それでも」


「今のままでは、揺らぎは消える」


安全圏の議論。


合理的選択。


無傷の成績。


それらは制度の成功。


だが同時に、角を削る。


沈黙の後。


レディアナが問う。


「揺らぎを測った瞬間、それは揺らぎでいられますか?」


王子は答えない。


答えはまだない。


夜。


監査室に灯りが残る。


新たな指標案が書き足されていく。


挑戦率:○%以上推奨

失敗許容量:継続率重視

議論衝突数:対立記録必須化?


ペンが止まる。


リシャールが静かに言う。


「制度は、完璧になろうとするたびに硬直します」


王子は小さく笑う。


「完璧を目指しているわけではない」


「未完成を維持したいだけだ」


矛盾。


未完成を維持するための、完成された指標。


窓の外、夜風が揺れる。


揺らぎを守るために、


揺らぎを測る。


測った瞬間、


それは管理対象になる。


だが測らなければ、


静かに消える。


内部監査は成功だった。


数値は優秀。


制度は安定。


そして今、


制度は自分自身を測ろうとしている。


測れないものを、


測るために。

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