第6話:正式申請・菜園区画
生徒会室の机の上に、見慣れない書類が積まれている。
表題は整った筆致でこう記されていた。
王立リュミエール高等学院
菜園区画使用申請書(暫定)
リシャール・ヴァレンティンは、その文字をしばらく見つめていた。
本来この机には、行事計画書や予算調整案、そして――断罪式進行案が置かれるはずだった。
だが今、最も提出数が多いのは、土に関する申請である。
「区画を増やすべきだ」
彼は淡々と言った。
書記マルグリットが静かに頷く。
「既に三件、追加希望が届いております」
「理由は」
「“芽が出たため”」
沈黙。
合理的な理由ではない。
だが、否定もできない。
リシャールは羽根ペンを取り、新たな条文を書き加える。
第四条:株間三十センチを原則とする。
少し考え、さらに追記する。
ただし例外を認める場合あり(ミント等)。
書きながら、彼は思う。
なぜ自分は、これを真面目に整備しているのだろう。
だが整備しなければ、区画は乱れる。
乱れは混乱を生む。
混乱は管理できない。
管理できないことは、落ち着かない。
結局のところ、これは秩序の延長だった。
ただ対象が、薔薇から野菜に変わっただけだ。
中庭は、以前より賑やかになっていた。
だが騒がしくはない。
それぞれがしゃがみ、黙って土を触っている。
王子アルフォンスは、正式に「第一菜園区画責任者」となった。
肩書きは増えたが、やることは同じだ。
支柱を立て、水をやり、雑草を抜く。
「申請書を出せば、誰でも区画を持てるのか」
彼が問う。
リシャールは頷く。
「空きがあれば」
「空きがなければ」
「増やす」
王子はしばらく考え、
「合理的だな」
と呟いた。
その頃、学園の別棟では、令嬢たちが小声で集まっていた。
クロエ・ド・モンフォールが、慎重に切り出す。
「……流行っているのよね」
「何が?」
「菜園」
ヘレナが眉をひそめる。
「流行でやるものではないのでは」
「でも、王子も参加していると聞いたわ」
その一言で、空気が変わる。
「本当?」
「ええ。支柱を立てていたとか」
沈黙の後。
「……申請書はどこに?」
数日後。
貴族令嬢専用区画が誕生した。
レースの手袋に、上質なエプロン。
だがやることは同じ。
しゃがむ。
掘る。
植える。
クロエは小さな花苗を持ち上げ、首を傾げた。
「これ、三十センチ?」
「二十五です」
ヘレナが冷静に訂正する。
「正確に測りましょう」
彼女はきっちりと糸を張る。
意外なほど真剣だ。
クロエは少し笑う。
「……悪くないわね」
土が、爪の先に入る。
だが、気にならない。
中庭に広がるのは、噂ではなく匂いだった。
ハーブと土と、水の匂い。
断罪の話題は、出ない。
誰も口にしない。
話題にするには、具体性が足りなくなっていた。
夕刻。
リシャールは新しい申請書を整理していた。
枚数は増えている。
規則も整ってきた。
ふと、古い書類が目に入る。
秋季公開断罪式(再調整案)
彼はそれを静かに閉じ、書類棚の奥に戻す。
代わりに、新しいファイルを作る。
学園菜園管理記録
背表紙に記し、棚の手前に置く。
その動作は、ごく自然だった。
中庭では、レディアナが新しい区画を眺めている。
「増えましたわね」
エルマーが短く答える。
「土が足りません」
「補充いたしましょう」
王子が言う。
「予算は」
リシャールが即答する。
「転用可能だ」
どこから、とは言わない。
必要なところからだ。
セレスティーヌは、芽の伸びた苗を見つめる。
「……広がっていますね」
「ええ」
レディアナが頷く。
「良いことですわ」
噴水の水音が続く。
その前の広場は、今やいくつもの区画に分かれている。
かつて人が集まり、誰かを裁く予定だった場所。
今は、土が均されている。
断罪は消えていない。
ただ――
思い出す理由が、少なくなっていた。
そして生徒会の議事録には、こう記される。
菜園区画、正式制度化。
その下に、断罪の文字は、もう並ばなかった。




