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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第五章 秋(二年目)

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第29話:制度輸出案

――理念の汎用化は可能か


秋は澄み、空は高く、

学院の塔は遠くからもよく見える。


その塔の下に、黒塗りの馬車が止まった。


他校代表――ユリウス来訪。


整えられた銀髪。

無駄のない礼装。

視線は鋭く、しかし笑みは柔らかい。


「お招きありがとうございます」


王子と向かい合う。


「再評価枠制度。

 興味深い試みです」


エドゥアルドが同席し、リシャールは資料を整える。


ユリウスは続ける。


「率直に申し上げましょう」


「我が校でも導入したい」


会議室の空気がわずかに揺れる。


「導入、ですか」


王子の声は静かだ。


「ええ。

 離脱率の低下、再挑戦の促進、

 教育の長期化モデル――どれも理にかなっている」


ユリウスは窓外の中庭を見やる。


小さな白い花がまだ咲いている。


「特にあの事例」


レディアナの視線が細まる。


「成功例として非常に象徴的です」


アレクシスが低く言う。


「象徴にする気か」


ユリウスは否定しない。


「制度を移植するには、基準が必要です」


一拍。


「成功例を標準化していただきたい」


沈黙。


「標準化?」


リシャールが問い返す。


「はい」


ユリウスは即答する。


「一定期間内に開花すること。

 継続指数が一定値を超えること。

 成果の可視化を義務づけること」


淡々とした条件提示。


「曖昧な理念では、他校では運用できません」


王子は目を伏せる。


それは、もっともだ。


理念は、この学院だから成立している。


だが。


「成功例を基準化すれば」


レディアナが静かに言う。


「基準に届かない者は?」


ユリウスは微笑む。


「一定期間後に通常枠へ戻す」


つまり。


期限付き再評価。


条件付き継続。


アレクシスが椅子を鳴らす。


「それは、従来制度と何が違う」


ユリウスは穏やかに答える。


「“挑戦の猶予”が増える」


「だが無期限ではない」


会議室の空気が冷える。


エドゥアルドが口を開く。


「汎用化には、単純化が必要です」


「単純化は、理念の削減を意味します」


ユリウスは即座に返す。


「理念を守るために、現実に合わせるのです」


王子は顔を上げる。


「合わせるのは理念か、現実か」


午後。


ユリウスは中庭を視察する。


イリナの花を前に立ち止まる。


「見事です」


だがその声は、どこか測定者のものだ。


「これを基準とすれば、制度は広がる」


レディアナは隣に立つ。


「広がれば、守られると?」


「少なくとも、この学院だけの思想ではなくなる」


ユリウスは視線を向ける。


「独自性は、孤立を生む」


「標準は、普及を生む」


夕刻。


会議室。


結論を迫られる。


「我が校は冬までに導入を決定したい」


「そのための基準設計を共同で」


リシャールは迷う。


普及は、理念の勝利にも見える。


だが。


アレクシスが低く言う。


「揺らぎを標準化すれば、揺らぎではなくなる」


王子は静かに答える。


「理念は、移植できるものか」


沈黙。


エドゥアルドが補足する。


「移植は可能です」


「ただし、同じ花は咲きません」


ユリウスの瞳がわずかに揺れる。


夜。


塔の上。


王子とレディアナ。


「広がれば、守られるかもしれません」


レディアナが言う。


「だが削られる」


王子は空を見る。


秋の星は冷たい。


「理念は汎用化できるか」


問いは重い。


成功を基準にすることは簡単だ。


だが成功は途中だ。


途中を基準にすれば、

終点が生まれる。


王子は決める。


翌朝。


ユリウスに告げる。


「制度の思想は共有できる」


「だが、成功例の基準化はしない」


ユリウスは静かに聞く。


「では、どうやって導入する」


王子は答える。


「各校が、それぞれの揺らぎを設計する」


「我々は数値を提供する」


「だが基準は提供しない」


一瞬の静寂。


ユリウスはやがて笑う。


「難しい道を選びますね」


「ええ」


王子は微笑む。


「揺らぎは、簡単には輸出できません」


馬車が去る。


学院は再び静かになる。


普及の道は閉ざされなかった。


だが単純化の誘惑は退けられた。


理念は広がるかもしれない。


だが同じ形ではない。


秋風が吹く。


揺らぎは、まだこの地にある。


理念は汎用化できるか。


答えは出ない。


だが一つだけ確かなこと。


守るとは、広げることではない。


守るとは、削らないこと。


秋は、試す季節。

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