第4話:株間三十センチの距離
初夏の光は、春よりも率直だった。
王立リュミエール高等学院の中庭には、白い糸が張られている。
花壇の上に、まっすぐ。
「これは何だ」
王子アルフォンスが問う。
エルマーが答える。
「目安です」
レディアナが補足する。
「株間三十センチの」
王子は地面を見る。
三十センチ。
「なぜ三十だ」
「根が広がる距離ですわ」
簡潔な答え。
王子は定規を持たされる。
王族が定規を持つ姿は、あまり見ない光景だ。
「三十は、どの程度だ」
「これくらいです」
レディアナが両手で示す。
思ったより、広い。
「近すぎると、競い合います」
エルマーが土を均す。
「遠すぎると、無駄になります」
王子は糸の間に苗を置く。
慎重だ。
まるで外交文書でも扱うように。
「……これで良いか」
「少し右です」
言われた通りにずらす。
「今度は?」
「完璧です」
王子はうなずく。
なぜか誇らしげだ。
少し離れた区画では、セレスティーヌがしゃがんでいる。
彼女の前には、小さな鉢が並んでいた。
「ええと……これと、これと……」
ミントの苗。
香りが広がる。
「増えやすいので、控えめに」
レディアナは言った。
セレスティーヌはうなずいた。
そして――
気づけば、十株並んでいる。
「……多くないか」
王子が呟く。
セレスティーヌは顔を上げる。
「す、少しだけ、元気だったので」
確かに、どの苗も勢いがある。
「間隔は?」
「……たぶん、三十……いえ、二十くらい」
エルマーが無言で糸を測る。
「二十です」
静かな宣告。
セレスティーヌはしゅんとする。
「ごめんなさい」
レディアナは首を振る。
「謝ることではありませんわ」
一株をそっと抜く。
土を払わないように。
「ミントは強いですもの」
別の区画に移す。
「広がることも才能ですわ」
セレスティーヌは目を瞬く。
才能。
その言葉は、思いがけず優しい。
王子が真剣に言う。
「では、我々が制御すればいい」
「制御ではなく、調整です」
レディアナが訂正する。
王子は少し考える。
「……違いは」
「制御は止めること。調整は伸ばすこと」
風が吹く。
ミントの香りが広がる。
王子は黙って苗を植え直す。
三十センチ。
測る。
置く。
押さえる。
繰り返し。
いつの間にか、生徒会長リシャールが立っていた。
手には図面。
「区画を整理する」
誰にともなく言う。
「菜園は拡張傾向にある。動線を確保しなければならない」
噴水前の空間に、細い杭が打たれていく。
線が引かれる。
断罪広場だった場所が、いくつかの区画に分かれていく。
「名称はどうする」
書記マルグリットが問う。
リシャールは少し考え、
「第一菜園区画」
と書いた。
その文字は、やけに堂々としている。
王子が汗を拭く。
「三十センチとは、なかなか遠い」
「慣れますわ」
レディアナは土を撫でる。
「近すぎないことは、大切です」
セレスティーヌがふと呟く。
「人も、でしょうか」
誰も答えない。
だが、否定もしない。
午後。
作業は一段落する。
苗は整然と並んだ。
ミントは少しだけ減った。
王子の軍手は土色になった。
リシャールは図面を閉じる。
「……これで、管理可能だ」
管理。
その言葉が、以前ほど硬く聞こえない。
帰り際、セレスティーヌが小さな声を上げた。
「あ」
全員が振り向く。
一列に並んだ苗の間。
土の表面が、わずかに盛り上がっている。
ほんの小さな、緑。
「芽……」
誰が植えた種だったか、もう覚えていない。
けれど、そこにある。
王子がしゃがむ。
今度は迷いなく。
「……成功か」
レディアナは微笑む。
「まだですわ」
一拍。
「始まりです」
芽は、風に揺れた。
断罪の予定は、誰も口にしなかった。
三十センチの距離を保ちながら、
新しい列が、静かに伸び始めていた。




