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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第一章 秋

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第2話:腐葉土の優先順位

断罪は、翌日に持ち越された。


――はずだった。


王立リュミエール高等学院の中庭には、昨日と同じ顔ぶれが、しかし昨日よりも一歩遠巻きに集まっている。


中心にいるのは、やはりレディアナ。


ただし今日は立っていない。


最初からしゃがんでいる。


「……おはようございます」


静かな声。


振り向いたのは、庭師だった。


名をエルマーという。


学園専属の庭師。無口で、必要以上に目立たない男。


だが今日は、少しだけ目が真剣だった。


「昨日の続きですか」


「ええ。下層が締まりすぎておりますの。腐葉土を混ぜたいのですが」


エルマーは花壇に膝をつき、土を握る。


指先でほぐし、匂いを確かめる。


沈黙。


「……足りませんね」


短い同意。


それだけで会話は成立した。


「比率は三割ほどでよろしいかしら」


「四割でもいいかと」


「では四割で」


打ち合わせが終わる。


簡潔すぎて、周囲が置いていかれる。


少し離れた位置で、セレスティーヌがその様子を見ていた。


昨日は混乱していた。


今日は、ただ困惑している。


(どうして……怒らないの?)


断罪されるはずだった令嬢は、土の配合を相談している。


王子はそれを止めない。


止められない。


「レディアナ」


アルフォンス王子が声をかける。


今日はきちんと台本を持ってきた。


念のためだ。


「昨日の件だが――」


「王子、こちらをお持ちいただけます?」


差し出されたのは麻袋。


王子は反射的に受け取る。


重い。


「……これは」


「腐葉土ですわ」


当然の説明。


エルマーが言う。


「広げてから混ぜます」


王子は麻袋を見つめる。


周囲の視線が集まる。


王族が、土を持っている。


異様な光景。


だが、誰も笑わない。


怒る者もいない。


ただ、様子を見ている。


王子は一瞬だけ空を仰ぎ、それから袋を抱え直した。


「……どこに」


「こちらへ」


エルマーは平然としている。


王子は袋を運ぶ。


土がこぼれる。


レディアナが静かに言う。


「少しずつで構いませんわ。急ぐと均一になりません」


急ぐと均一にならない。


その言葉に、王子はわずかに動きを止めた。


昨日から、急げない。


進行できない。


台本はあるのに、空気が従わない。


セレスティーヌが思い切って近づく。


「わ、わたしも、何か」


レディアナが顔を上げる。


穏やかだ。


敵意はない。


「では、この土をほぐしていただけますか?」


セレスティーヌは手袋を受け取る。


土に触れる。


思っていたより柔らかい。


匂いがする。


昨日より、少し湿っている。


「……あ」


無意識に声が漏れる。


悪くない。


その小さな変化に、彼女自身が驚く。


王子がそれを見た。


怒りがない。


怯えもない。


糾弾もない。


予定では、ここに感情の爆発があるはずだった。


だがあるのは、土を混ぜる音だけ。


ざく、ざく、と。


生徒会長リシャールは少し離れた場所で記録を取っている。


「本日、午前十時三分。腐葉土搬入」


書きながら、眉を寄せる。


これは議事録に必要だろうか。


いや、必要だ。


なぜなら、断罪は進行していない。


「……王子」


小声で呼ぶ。


アルフォンスは額の汗を拭きながら振り向く。


「なんだ」


「本日の断罪式について」


王子は花壇を見る。


レディアナが土を混ぜ、セレスティーヌがほぐし、庭師が均している。


その中心に怒りはない。


ただ作業がある。


「……今は無理だ」


正直な言葉。


リシャールは頷く。


ペンを走らせる。


本日の断罪式は、後日再調整とする。


一拍置いて、付記する。


理由:土壌改良中。


書き終えた瞬間、どこか肩の力が抜けた。


王子は再び麻袋を持ち上げる。


「レディアナ」


「はい」


「これで、良くなるのか」


レディアナは土を撫でる。


「すぐには変わりませんわ」


微笑む。


「ですが、根は息ができるようになります」


王子は土を見る。


根は見えない。


けれど、そこにある。


噴水の音が続く。


断罪の代わりに、腐葉土が混ざっていく。


優先順位が、静かに入れ替わっていた。

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