第5話:発芽率
雪はやみ、空は薄い鉛色。
その日、生徒会一同は講義室に集められていた。
前方の教壇に立つのは、種子学教師――グラシアン教授。
細身で、灰色の髪を後ろに束ねた人物だ。
黒板に、白い文字が並ぶ。
発芽率=発芽種子数/総播種数 ×100
チョークの音が、乾いて響く。
「成功は確率です」
静かな断言。
教室がわずかにざわめく。
教授は布袋から種を取り出す。
「百粒蒔いて、八十五芽吹く。発芽率八五%」
さらに別の袋。
「百粒蒔いて、四十二芽吹く。発芽率四二%」
セレスティーヌが小さくつぶやく。
「半分以下……」
「しかし」
教授は振り返る。
「ゼロではない」
レディアナの視線が、わずかに揺れる。
「発芽率は環境に左右されます」
黒板に追記される。
温度
水分
酸素
光
「適切に管理すれば、確率は上がる」
リシャールの目が鋭くなる。
「上げられるのですね」
「はい。ただし――」
教授は間を置く。
「一〇〇%にはなりません」
教室が静まる。
王子アルフォンスが手を挙げる。
「確率は、統治できるか?」
問いはまっすぐだった。
教授は興味深そうに目を細める。
「統治、とは?」
「結果を安定させることだ」
「安定は可能です。ですが」
チョークが、黒板に小さな円を描く。
「確定はできません」
教授は種を一粒、掌に乗せる。
「この種が芽吹くかどうか。理論上は確率で語れます」
種を机に置く。
「しかし、この一粒にとっては、ゼロか一かです」
沈黙。
「確率とは、集団の言語です」
レディアナが小さく頷く。
「個には、確定しかない」
「その通り」
教授は微笑む。
リシャールが記録を取りながら言う。
「では、我々が扱っているのは――」
「不確定の管理です」
教授の即答。
「失敗を減らし、成功を増やす。だが、消せない」
セレスティーヌが種袋を握る。
「失敗は、必ず出るのですね」
「はい」
教授の声は優しい。
「失敗を前提にするのが、学問です」
王子は黒板の数字を見つめる。
85%
72%
42%
「四二%を、八五%にできるか」
「理論上は近づけます」
「だが同じにはならぬ」
「なりません」
確定と不確定の境界。
王子の瞳は揺れない。
「統治とは、何だ」
問いは、もはや種子学だけのものではない。
講義の終盤。
教授は最後に言う。
「確率は未来の約束ではありません」
窓の外、雪解け水が滴る。
「確率は、未来の“傾向”です」
言葉が、静かに落ちる。
「確定を求めすぎれば、不確定に怯えることになります」
リシャールの筆が止まる。
講義後。
廊下を歩きながら、セレスティーヌが言う。
「全部が芽吹く世界は、ないのですね」
レディアナが応じる。
「けれど、全部が無意味な世界もありませんわ」
王子は立ち止まる。
中庭を見る。
雪の下。
温室の中。
芽吹いたものも、まだのものもある。
「確率は統治できる」
彼は静かに言う。
「だが、確定はできぬ」
リシャールが問い返す。
「それでも、統治なさいますか」
王子はわずかに笑う。
「不確定ごとだ」
温室の芽は、今日も揺れている。
芽吹かなかった種もある。
数字は冷たい。
だが、土は温かい。
確率は集団の言語。
個は、ただ芽吹くか否か。
確定と不確定の間で、
人は選び、蒔き、待つ。
成功は確率。
だが希望は、確率では測れなかった。




