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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第二章 冬

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第4話:何も起きない日

朝。


雪が降っていた。


音を消すように、ゆっくりと。

中庭も温室の屋根も、白く塗りつぶされていく。


足跡すら、すぐに消えた。


温室の中。


芽は――変わらない。


昨日と同じ高さ。

同じ色。

同じ角度。


セレスティーヌがガラスに手を添える。


「……伸びていませんね」


リシャールは記録帳を開く。


「日照不足。気温安定。水分適正」


条件は整っている。


だが、変化はない。


「成長速度、ゼロではないはずだ」


数字を睨む。


「だが視認できない」


視認できない変化は、焦燥を生む。


生徒会室。


予定表の黒板に、白い空白が増えていた。


秋は違った。


収穫日。

種の選別。

温室建設。

土壌分析。


行事と課題が、びっしりと並んでいた。


今は違う。


三日分の空白。


四日目も、未定。


リシャールがチョークを握る。


書けることがない。


彼の指が、わずかに震える。


「何も、進んでいない」


ぽつりと漏れる。


王子アルフォンスは窓の外を見る。


雪はまだ降っている。


「進んでいないのか?」


「記録上は」


リシャールは即答する。


「成果なし。報告事項なし。改善点なし」


「問題もないのだろう」


「……はい」


問題はない。


失敗もない。


だが、達成もない。


空白は、失敗より扱いにくい。


セレスティーヌが予定表を見つめる。


「予定がないと、不安になります」


「管理できないからだ」


リシャールの声は固い。


「進捗は可視化されるべきです」


レディアナが静かに言う。


「可視化されない進捗もありますわ」


「どこに」


「土の中に」


言葉は穏やかだ。


だが、リシャールの焦りは消えない。


温室に戻る。


芽は変わらない。


外の花壇は雪に埋もれている。


エドモンが、ゆっくりと雪を払っている。


「何も起きませんね」


リシャールが言う。


庭師は笑う。


「起きておりますよ」


「どこに」


エドモンは土を指す。


「根です」


見えない。


測れない。


報告書に書けない。


「冬は、見えぬ仕事が多いのです」


生徒会室の時計が鳴る。


定例会議、議題なし。


沈黙。


紙をめくる音だけが響く。


リシャールは耐えきれず言う。


「このままでは、存在意義が……」


王子が視線を向ける。


「何の」


「生徒会の」


空白の予定表が重い。


行動しなければ、意味がない気がする。


成果がなければ、価値がない気がする。


雪は静かに降り続ける。


レディアナが立ち上がる。


予定表の前へ。


チョークを取る。


そして、空白の一日に書いた。


観察


それだけ。


リシャールが眉をひそめる。


「具体性がありません」


「十分ですわ」


彼女は微笑む。


「何も起きない日を、観察するのです」


翌日。


再び雪。


温室の芽は、やはり変わらない。


だが、セレスティーヌが声を上げる。


「……葉の色、少し濃くなっていませんか?」


リシャールが近づく。


測定器を当てる。


「クロロフィル値、微増」


数字が、わずかに動く。


ゼロではなかった。


予定表の空白は、まだ多い。


だが、その一角に並ぶ文字。


観察

観察

観察


リシャールは深く息を吐く。


「進捗は……ある」


王子が頷く。


「雪が降るのも、進行だ」


止まっているようで、止まっていない。


何も起きない日は、存在しない。


ただ、目に見えないだけだ。


夜。


窓の外、白い世界。


静寂。


だが温室の中では、細胞が分裂している。


土の中では、根が伸びている。


予定表の空白は、恐怖を映す鏡。


動きがなければ、価値がないという思い込み。


レディアナが灯りを消しながら言う。


「空白は、余白ですわ」


埋めるためではなく、

呼吸するための場所。


雪はまだ降っている。


何も起きない日。


けれど確かに、何かは進んでいた。

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