第3話:温室計画
朝の中庭は、白かった。
霜が薄く土を覆い、花壇の輪郭をやわらかく消している。
吐く息が、かすかな雲になる。
王子アルフォンスは、その光景を見渡して言った。
「冬でも育てられぬのか」
誰に向けたわけでもない問い。
だがレディアナはすぐに応じる。
「育てる、とは?」
「芽だ。寒さで止まるなら、止めなければよい」
彼の視線は真っ直ぐだった。
「温室を建てる」
午後、生徒会室に図面が広げられる。
簡易なガラス張り構造。
南向き。
石造りの基礎。
熱を逃がさぬ工夫。
「冬でも育てられる」
王子の声には確信があった。
「発芽率は安定する。霜害も避けられる」
リシャールが素早く計算する。
「資材調達、可能。費用は……許容範囲」
セレスティーヌの瞳が輝く。
「春を待たなくていいのですね?」
「待たずともよい」
王子は頷く。
「育てられるのに、育てない理由はない」
未来を早める。
可能性を守る。
失敗を減らす。
それは合理的で、魅力的な提案だった。
だが、夕刻。
庭師エドモンが中庭に立つ。
年老いた手が、霜をそっと払う。
「温室を建てると聞きました」
声は低く、穏やか。
王子は隠さない。
「冬でも作物を育てる」
「……冬を、消すのですか」
「消すのではない。超えるのだ」
エドモンは土を掬う。
凍りかけた土は硬い。
「殿下。冬は敵ではございません」
王子の眉がわずかに動く。
「芽を止める」
「ええ。止めます」
エドモンはうなずく。
「だが、止めるからこそ、春に強くなる」
温室の模型を囲み、議論が始まる。
セレスティーヌは言う。
「でも、寒さで枯れる命もあります」
「あります」
エドモンは否定しない。
「ですが、すべてを守れば、すべてが弱くなる」
リシャールが顔を上げる。
「理論的根拠は?」
「休眠です」
エドモンは種袋を指す。
「寒さを経験しなければ、目覚めぬ種もある」
レディアナが静かに補足する。
「低温処理……ですね」
「はい、お嬢様」
エドモンの目は優しい。
「冬は循環の一部です」
王子は腕を組む。
「守れるのに、守らぬのは怠慢ではないか」
その言葉は強い。
エドモンは一歩も引かない。
「守り続ければ、土は疲れます」
「なぜだ」
「季節が回らぬからです」
冬は休ませる。
虫が減る。
菌が整う。
土が締まり、崩れ、再び耕される。
「奪えば、循環が崩れます」
静寂。
霜が、ぱきりと音を立てる。
セレスティーヌが不安そうに王子を見る。
「温室は、悪いことなのですか?」
エドモンは首を横に振る。
「悪ではありません」
王子が視線を上げる。
「ならば建てる」
「ただし」
エドモンの声が重なる。
「“冬をなくす”ためではなく、“冬を補う”ために」
言葉が、空気を変える。
レディアナがゆっくりと言う。
「全区画ではなく、一部のみ温室にするのはいかがでしょう」
リシャールがすぐに計算を始める。
「三割なら管理可能」
「残り七割は冬に委ねる」
王子は黙考する。
白い中庭。
眠る花壇。
止まっているようで、止まっていない時間。
「……冬を残す」
エドモンが小さくうなずく。
「冬は、奪われるものではございません」
数日後。
中庭の一角に、小さな温室が建つ。
全面ではない。
控えめな広さ。
ガラス越しに、若い芽が揺れる。
その隣で、霜に覆われた土が静かに眠る。
王子は両方を見比べる。
「守ることと、待つこと」
レディアナが微笑む。
「どちらも、育てる行為ですわ」
エドモンは凍った土を軽く叩く。
「冬は循環です。過保護は停滞になります」
温室の中はあたたかい。
外は冷たい。
どちらも、庭の一部。
冬は奪われなかった。
春もまた、急がれなかった。
過保護は愛に似ている。
だが、循環は信頼に近い。
芽はガラスの中で伸び、
土は霜の下で力を蓄える。
季節は、まだ回っている。




