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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第一章 秋

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第11話:予定表の空白

朝の生徒会室は、いつもより静かだった。


机の上に広げられたのは、来月の予定表。


整然と区切られた升目。

すでに埋まっているのは、定例会議と試験日程、寮点検。


その中央――


十月第三週の欄だけが、白い。


かつてそこには、はっきりとした文字があった。


秋季公開断罪式


今は、ない。


リシャールはペンを持ったまま、しばらく動かなかった。


「空白は、良くない」


彼は小さく言う。


王子アルフォンスが向かいに座る。


「なぜだ」


「制度は予定で動く。予定は明示されることで秩序になる」


「では埋めるか」


問いは簡潔だった。


誰も、断罪の名を口にしない。


マルグリットが遠慮がちに言う。


「……収穫の予定が重なっております」


「正式な行事ではない」


リシャールが即答する。


「まだ」


“まだ”という言葉が、室内に落ちる。


レディアナが穏やかに視線を上げる。


「では、正式にいたしましょうか」


王子が眉をわずかに上げる。


「何を」


「収穫祭を」


沈黙。


それは提案であり、宣言ではない。


リシャールは記録帳を開く。


菜園収穫日(仮)


数秒、考える。


そして線を引く。


“仮”を消す。


代わりに、丁寧な文字で書き直す。


収穫祭(暫定)


暫定。


まだ揺らぎを残す言葉。


だが、確かな一歩。


「議事録に残す」


リシャールが言う。


マルグリットが筆を走らせる。


議題三:十月第三週 行事について

決定:収穫祭(暫定)を実施予定


王子が問う。


「暫定とは何だ」


「修正可能、という意味です」


「不安定ではないか」


「固定よりは健全です」


レディアナが微笑む。


王子は予定表を見つめる。


空白だった欄に、黒い文字が収まる。


大きくもなく、飾りもない。


だが、確かに書かれている。


「承認は誰が出す」


リシャールが顔を上げる。


「本来は、生徒会長だ」


「だが、これは学園全体の行事だろう」


王子はペンを取る。


署名欄に、自らの名を書く。


アルフォンス・ルミエール。


静かな筆致。


「正式承認とする」


その瞬間、空白は消えた。


誰も拍手しない。


歓声もない。


ただ、紙の上に文字がある。


断罪式の記載は、どこにもない。


削除の宣言もない。


取り消しの通達もない。


ただ――


書かれていない。


昼の中庭。


トマトは赤く揺れ、

かぼちゃは重く座し、

ハーブは香る。


セレスティーヌが掲示板を見る。


「……収穫祭」


小さく読み上げる。


クロエが目を丸くする。


「正式ですの?」


「暫定、とあります」


「でも、書いてありますわ」


それだけで十分だった。


噂は広がる。


だが、騒ぎにはならない。


当然のように受け入れられる。


断罪の話題は、出ない。


思い出そうとしなければ、浮かばない。


夕刻。


生徒会室で、リシャールは一人、古い予定表をめくる。


前年。

その前の年。


同じ位置に、同じ文字。


断罪。


繰り返された構図。


彼はそれらを閉じ、新しい予定表を見る。


収穫祭(暫定)


「……輪作だな」


誰に聞かせるでもなく呟く。


制度は壊されていない。


否定もされていない。


ただ、作物が変わった。


演台の代わりに机が並び、

糾弾の代わりに分配表が置かれる。


王子が入室する。


「迷いはあるか」


「ある」


リシャールは正直に答える。


「だが、痩せた土に戻す気はない」


王子は静かに頷く。


「ならば進め」


夜。


予定表は掲示板に貼られる。


白い升目に、黒い文字。


収穫祭(暫定)


その下に、何もない。


断罪式は、書かれなかった。


削られたわけでもなく、

否定されたわけでもなく。


ただ、予定表の空白に戻った。


静かな制度転換。


鐘は鳴らない。


宣言もない。


だが確かに――


物語は、正式に別の実りを選んだのだった。

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