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土を選ぶ悪役令嬢  作者: 南蛇井
第一章 秋

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第10話:色づく中庭

秋は、ある日ふいに訪れる。


王立リュミエール高等学院の中庭は、気づけば色づいていた。


赤。


橙。


深い緑。


実り


トマトは艶やかに光り、房ごと重みを持って垂れている。

かぼちゃは地面にどっしりと座り、蔓を誇らしげに伸ばす。

ハーブは風に揺れ、触れるだけで香りを放った。


セレスティーヌが両手でトマトを包む。


「……温かい」


日差しを吸い込んだ実は、ほんのり熱を持っている。


クロエがかぼちゃを見下ろす。


「想像より、大きいですわ」


王子アルフォンスは静かに頷く。


「記録以上だ」


リシャールが手帳を開く。


収量、予測値を上回る。


声には、わずかな誇り。


だがそれは個人の成果ではない。


誰のものとも言えない実りだった。


自然発生的計画


きっかけは、誰の一言だったのか分からない。


「……分けませんか?」


「何を」


「収穫物を」


それだけだった。


だが翌日には、掲示板に紙が貼られていた。


収穫予定日(仮)

協力者募集中


生徒会の印はない。

正式通達でもない。


それでも、人は集まった。


令嬢たちはレシピを持ち寄り、

平民生徒は保存法を提案し、

魔法科の生徒は低温保存結界の実験を申し出る。


王子が問う。


「誰が主催だ」


沈黙。


やがてレディアナが微笑む。


「自然発生ですわ」


リシャールは眉をわずかに上げる。


「無秩序ではない」


「ええ。意志があるもの」


区画ごとに、収穫計画が緩やかに決まっていく。


トマトはサラダと煮込みへ。

かぼちゃはスープと焼き菓子へ。

ハーブは乾燥保存し、冬へ。


誰も命令していない。


だが、進む。


近づく日


掲示板の端に、別の紙がある。


秋季公開断罪式

予定日:十月第三週


日付は、もう遠くない。


だがその前に立ち止まる者はいない。


準備室は静かだ。


演台は布をかけられたまま。

進行台本は棚の奥。


リシャールは一度だけ、予定日を見た。


指で数える。


「……重なるな」


「何とです?」


マルグリットが問う。


「収穫日と」


沈黙。


王子が言う。


「変更するか」


「断罪をか」


問いは淡々としている。


かつてなら、ありえなかった選択肢。


リシャールは少し考え、書類を閉じる。


「誰も準備していない」


それが答えだった。


色づく理由


夕暮れ。


中庭は、赤と橙に染まる。


かぼちゃの影が長く伸びる。


セレスティーヌがぽつりと呟く。


「間に合いましたね」


「何に」


王子が問う。


「物語に」


彼は少し考える。


かつてこの場所は、裁きの舞台になるはずだった。


高く設えられた演台。

観衆の視線。

断罪の宣言。


今は違う。


低い視線。

しゃがむ背中。

分け合う実り。


レディアナが静かに言う。


「同じ場所でも、育てるものが違えば景色も違いますわ」


リシャールは中庭を見渡す。


規則は整っている。

輪作も機能している。

失敗も受け入れた。


制度は硬直していない。


「……疲れていない」


彼は呟く。


「何がです?」


「この場所が」


誰も準備しない


断罪予定日、前日。


生徒会室は、収穫物の配分表で埋まっている。


トマト:北寮へ三十

かぼちゃ:厨房へ二十

ハーブ:乾燥室へ


マルグリットがふと顔を上げる。


「断罪式の最終確認は」


静寂。


王子が答える。


「していない」


リシャールも言う。


「していない」


レディアナは穏やかに微笑む。


「必要でしょうか」


誰も即答しない。


だが、誰も立ち上がらない。


窓の外では、かぼちゃが月明かりに照らされている。


断罪のための灯りは灯らない。


代わりに、収穫前夜の静かな期待がある。


秋の空気は澄んでいる。


トマトは赤く、

かぼちゃは重く、

ハーブは香る。


断罪の日付は近づく。


だが準備はない。


焦りもない。


物語は、すでに別の実りを得ている。


裁くより、育てる。


糾弾より、分配する。


その選択が、静かに定着していた。


中庭は色づいている。


そして誰も、もう――

演台の布を外そうとはしなかった。

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