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白の柱 ― 夢見る胎

血と炎の地を越え、椿たちは四本目の柱へとたどり着く。

それは、雪のように白く輝く“夢胎”と呼ばれる柱――

人の心の奥に潜む願望や後悔を映し出し、

最も甘美な幻影で心を絡め取る、危険な柱だった。


そこに広がるのは、もしもの世界。

誰も死なず、血に塗れた戦も存在しない――

陽菜が笑い、鋼次も、蓮も、皆が生きている夢の村。


だが、幸せな幻は同時に、

椿に最も残酷な選択を迫る。

「現実」か、「夢」か。

その決断は、椿の心を深く切り裂くことになる。

霧が、白い。

足元が消えた。

椿は、気づけば眠っていた。


いや、違う。

目を閉じていたはずなのに、視界はやけに鮮やかで――

そこには、信じられない光景が広がっていた。


「……ここ、は……?」


彼女の前にあったのは、

かつて暮らしていた村の春景色だった。

桜が咲き、子どもたちの笑い声が響く。

煙の匂いはしない。

血の跡もない。

鬼も、柱も、戦も――何ひとつ、ない。


「椿ちゃん!」


その声に、心臓が止まりそうになった。


振り返った先で、陽菜が笑っていた。

あの日、死んだはずの幼馴染が、そこにいた。

頬に傷もない。

ただ、優しい笑顔のままで。


「どうして……?」


「どうしてって……何を言ってるの?」

陽菜は首を傾げ、椿の手を取った。

「当たり前じゃない。私たち、ずっと一緒だよ」


胸が、締め付けられる。

そのとき――


「よお、椿」

今度は鋼次の声がした。

彼もまた、そこにいた。

鬼の影なんてない。

血に染まった記憶も、ない。

ただ、どこにでもいる村の青年の顔で笑っていた。


「遅えぞ。花見、始まってる」


その隣には、蓮もいた。

槍も剣も持たず、ただ笑っていた。

全員が、生きている。

誰も欠けていない。


――ああ、これが、もしもの世界。


椿は涙をこぼした。

どんな言葉を探しても、胸の奥が熱くて苦しくて、何も言えなかった。


「椿ちゃん」

陽菜が、もう一度微笑む。

「ねえ、ずっとここにいよう?

もう戦わなくていい。

もう、誰も死なないよ」


椿の肩に、細い腕が絡む。

耳元に、甘く囁く声。


「椿ちゃん、あの日の罪も、全部消える。

あなたが生き残るために差し出した私のことも、

何もなかったことにできる」


世界が柔らかく歪む。

視界の端で、白い花弁が降っていた。

けれどそれは、花弁ではなかった。


――それは、“白い灰”だった。


「ここは……柱の中……?」


ようやく、その現実に気づいた瞬間、

陽菜の顔が、ひどく悲しそうに歪んだ。


「気づかないでよ……。

だって、ここにいれば、椿ちゃんは幸せでいられるのに」


椿の心が、揺れる。

ここにいれば――誰も死なない。

陽菜も、鋼次も、蓮も。

戦わなくていい。

罪も、血も、忘れられる。


それが――どれほど甘美で、どれほど残酷かを知りながら。


「……私は……」


声が、震えた。





―甘美な檻―


「……私は……」


椿は、まだ言葉を見つけられなかった。

陽菜の温もりが腕に絡みつき、甘い香りが鼻をくすぐる。

その背後で、鋼次が笑い、蓮が声をかける。


「椿、こっちだ。お前の席、空いてるぞ」

「花が散っちまう前に、来いよ」


――ああ、なんて、優しい声。


椿は膝をついた。

この世界にいたい。

ずっと。

だって、ここには血も涙もない。


「椿ちゃん」

陽菜が、そっと頬に触れる。

「もう……戦わなくていいんだよ」


その声が、椿の耳を溶かしていく。

意識が沈む――

その時だった。


「椿!!!」


雷鳴のような声が、世界を裂いた。


振り返ると、遠くに鋼次がいた。

だが――その顔は、血に塗れ、鬼の角を生やしていた。

あの現実の鋼次だ。


「……鋼次……?」


「戻れ!!!」

鋼次が吠えた。

「そこは檻だ!! 甘えたら、二度と目覚められねえ!!!」


彼の背後に、蓮もいた。

槍を構え、椿の名を呼ぶ。


「椿! 選べ! お前の足で――どっちの世界を生きるか!」


世界が揺れた。

優しい陽菜が、その腕で椿を抱きしめる。

「だめ……行かないで……椿ちゃん……」

声が泣き出すように震える。


「ここにいてよ……ずっと一緒に……。

だって……椿ちゃん、あの日、私を捨てたじゃない……

また、捨てるの……?」


椿の胸に、刃のような言葉が突き刺さる。


――どうする?


優しい檻に閉じこもるか、

血と罪の現実へ戻るか。


椿は、震える指で――

陽菜の腕を、そっと外した。


「……ごめん」

涙が、頬を伝う。

「私、あの日からずっと間違ってた。

でも――これ以上、間違えたくない」


陽菜の顔が、崩れた。

笑顔が溶け、白い灰が舞い散る。


「いやだ……いやだ……」

声が遠のいていく。

「椿ちゃん、ずっと一緒だって……約束、したのに……」


その約束を断ち切るように、椿は叫んだ。


「――私は、現実を選ぶ!!!」


世界が砕けた。

白い柱が悲鳴をあげ、空間が粉々に裂けていく。


眩しい光の中で、椿は鋼次の手を掴み、蓮の腕を掴んだ。

三人の影が、崩れゆく夢から引き上げられる。


最後に見たのは、

灰になって消える陽菜の微笑みだった。


「……大好きだよ、椿ちゃん……」

その声だけが、耳に残った。


――そして、目を開けると、椿は黒焦げの大地に倒れていた。


白の柱は、跡形もなく消えていた。


椿は、涙を拭った。

「私は……戻ってきた。

でも……こんな選択、もう二度と……」


だが、その願いを嘲笑うように、空に“第四の光”が走った。

次なる柱の位置を示す、紅の閃光。


椿は、息を飲む。


――旅は、まだ終わらない。



ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


白の柱は、これまでの柱とは異なる戦いを描きました。

肉体の戦いではなく、心との戦い――

それは、椿にとって「陽菜の死」という傷を再び抉り、

読者にとっても、現実と夢の境界を考えさせる章だったかと思います。


陽菜との再会は、甘く、痛く、そしてあまりにも儚いものでした。

彼女が最後に残した微笑みは、椿の心に再び火を灯すと同時に、

“失う痛み”を強く刻みつけたはずです。


次なる柱は、血と犠牲の紅の柱。

これまで以上に残酷な真実と、仲間の命の重さが試されます。

ぜひ、続きを見届けていただければ幸いです。


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