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鬼になった同志  作者: マーたん


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2/22

堕ちる理由

― あの日の何気ない時間


「なあ、カエデ」


「なに?」


夕暮れの風が、草を揺らしていた。

訓練を終えたあと、二人はいつもの丘に腰を下ろしていた。


「もしさ、この里が全部なくなったら……どうする?」


カエデは一瞬、呆れたように笑った。


「なにそれ。急に変なこと言い出すのね」


「いや、なんとなく考えただけだよ」


ザガンは空を見上げる。

赤く染まった雲が、ゆっくり流れていた。


「全部なくなるなんて、ありえないでしょ」


カエデはそう言って、地面の小石を蹴る。


「だって、あんたがいるし、私もいる。

 それに、みんなもいる」


少しだけ、間があく。


「だから、なくならないわよ」


その言葉は、強くて、まっすぐだった。


ザガンは少しだけ笑った。


「……そっか」


風が吹く。

虫の声が遠くで鳴いている。


「もし本当にそうなったらさ」


ザガンは、ぽつりと続けた。


「俺、全部守れるくらい強くなるわ」


カエデは横目で彼を見る。


「言ったわね」


「おう」


「じゃあ、ちゃんと強くなりなさいよ。私も負けないから」


二人は同時に立ち上がる。


「明日も訓練よ」

「はいはい」


いつも通りのやり取り。

いつも通りの帰り道。


――それが、どれほど大切だったのか。


このときの二人は、まだ知らなかった。

エピソード0「堕ちる理由」



あの夜の匂いを、カエデは一生忘れない。


血と、煙と、焼けた木の匂い。


そして――

人が壊れる音。



「ザガン、今日は勝つから」


夕暮れの訓練場で、そう言ったのはほんの数刻前のことだった。

笑って、剣を交えて、未来の話をしていた。


「強くなったら、この里を守るんでしょ?」

「当たり前だろ。俺たちがいれば、何も失わない」


その言葉を、カエデは信じていた。



――夜。


それは、突然だった。


叫び声。

燃え上がる屋根。

そして、見たこともない“鬼”の群れ。


「逃げて!!!」


声を張り上げるが、子どもたちは動けない。

恐怖で足がすくんでいる。


カエデは剣を抜き、震える手で鬼に斬りかかる。


「来るなぁ!!!」


一体、斬る。

だが――二体目で腕が弾かれる。


重い。強い。怖い。


「こんなの……勝てるわけ……」


その瞬間、横から鬼の腕が振り下ろされる。


――死ぬ。


そう思った瞬間。


「カエデ!!!」


血飛沫と共に、鬼が吹き飛んだ。


ザガンだった。



「無事か!」

「う、うん……でも、みんなが……」


振り返った先にあったのは――地獄だった。


仲間が倒れている。

守れなかった命が、積み重なっている。


ザガンの顔が、ゆっくりと歪んでいく。


怒り。

絶望。

そして――壊れかけた心。



その時だった。


音もなく、背後に“それ”は現れた。


黒衣の男。


炎の中に立っているのに、燃えない。

影が揺れない。


まるで、この世界に存在していないような違和感。



「見ているだけか?」


男は、静かに言った。


ザガンは振り返る。

「……何だ、お前」


男は微笑む。


「選べ」


その一言だけで、空気が変わった。



カエデは直感した。


――これは、“人じゃない”。



「そのまま全てを失うか」

「それとも――力を得るか」


男の足元に、黒い影が広がる。

それは地面ではなく、何か“生きているもの”のように蠢いていた。



「やめて!!!」


カエデは叫ぶ。


「そんなの、嘘よ!」

「そんな力、絶対にろくなものじゃない!」


だが、ザガンは――


動かない。



彼の目の前には、倒れた仲間。

守れなかった現実。


「……これで……守れるのか」


男は即答する。


「守れる」


その声には、迷いがなかった。



「ただし――」


男の影が、ザガンの足元に絡みつく。


「お前はもう、“人”ではいられない」



静寂。


炎の音だけが響く。



「……それでもいい」


ザガンの声は、低く、壊れていた。



「やめて!!!!」


カエデは駆け出す。


だが――届かない。



ザガンの手が、男に触れた瞬間。


世界が歪んだ。



黒が流れ込む。


血が沸騰し、骨が砕け、再び組み上がる。

叫びは、もはや人のものではない。



「ァ……ァァァァァァ!!!!」



カエデは、その変化を見ていた。


見てしまった。



振り返ったザガンの目は――


もう、彼ではなかった。



赤い瞳。

歪んだ角。

そして、止まらない“飢え”。



「……ザガン?」


呼びかける。


だが、返事はない。



次の瞬間。


彼は、最も近くにいた者を斬った。


敵でも、味方でもなく――ただ“近かった”から。



「……嘘……でしょ……」


カエデの手から、剣が落ちる。



黒衣の男は、その様子を静かに見ていた。


「これが、“選択”の結果だ」



カエデは叫ぶ。


「元に戻しなさいよ!!!」


男は首を傾ける。


「戻す?」


そして、笑った。



「それは、そいつ自身に聞け」



気づいたときには、男は消えていた。


まるで最初から存在しなかったかのように。



夜が明ける。


里は、灰になった。



遠く、焼け跡の向こうに。


鬼となったザガンの背中があった。



カエデは、震える足で立ち上がる。


涙を拭い、拳を握る。



「……絶対に」



「絶対に、取り戻す」



それが、彼女の戦いの始まり。


そして――


鬼と人の物語が、動き出した瞬間だった。



(補足・伏線)


黒衣の男は、単なる鬼ではない。

“鬼を生み出す存在”――あるいはそれ以上の何か。


その正体は、後の章で明らかになる。


登場人物


■ カエデ


本作の主人公。

里の剣士であり、ザガンの幼なじみ。

鬼の襲撃で全てを失いながらも生き残り、「鬼になった同志を取り戻す」という強い意志で戦い続ける。

物語が進むにつれて、自身も鬼の力を宿すが、人の心を手放さない。



■ ザガン


カエデの同志であり、もう一人の主人公。

仲間を守るため、自ら鬼になるという選択をした男。

圧倒的な力を得るが、その代償として理性を失い暴走する。

物語の軸となる存在であり、「救うべき鬼」。



■ 黒衣の男


鬼を生み出す謎の存在。

ザガンに力を与え、鬼へと堕とした張本人。

人でも鬼でもない、異質な存在であり、物語の黒幕的ポジション。

目的や正体は長らく不明。



白菊しらぎく


紅楼街の遊郭を支配していた女将であり、鬼。

美しさと残酷さを併せ持つ存在で、人と鬼の境界で生きていた。

ザガンとの戦いの中で、その生き様を見せる重要人物。



■ カンロ


掟守の隊長。

かつてザガンと同じ側で戦っていたが、鬼狩りとして敵対する。

冷徹だが信念を持つ男で、「鬼は討つべきもの」と信じている。



掟守おきてもり


鬼を狩り、秩序を守る組織。

鬼になった者は例外なく処刑対象とする。

正義を掲げているが、そのやり方は時に非情。



■ 流浪の剣士


灰の街でカエデと出会う謎の男。

鬼狩りでもありながら、単純な善悪では動かない人物。

カエデに「生き方の選択」を突きつける存在。



■ 盲目の僧


鬼と人の境界を知る存在。

戦いではなく“在り方”を説く導き手。

鬼から人へ戻る条件を示唆する重要人物。



■ 少年兵


掟守の中でも若く、戦いに巻き込まれた存在。

カエデとザガンの行動によって「守られる側」として描かれ、物語のテーマを象徴する。



物語の軸


* カエデ → 「取り戻す者」

* ザガン → 「失われた者」

* 黒衣の男 → 「歪める者」

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