青く戻った空の下で
あの日、彼らは空を取り戻した。
燃え上がる紅蓮の丘にて、鬼となり果てた同志をその手で斬り、命を賭して“終わらせた”あの戦い。
誰も知らない、小さな村の、小さな伝説。
それでも、それは確かにあった。
――これは、その伝説が静かに根を張り、やがて花となって咲くための、最初の一日。
村の空が、やっと青に戻って三年が過ぎた。
山あいの集落・御堂村では、かつて“鬼祓い”の地として知られていた忌地も、今では畑と風鈴の音に包まれている。焼け跡だった丘には、今、薄紫の花が咲いていた。誰が植えたわけでもない。土に混じった誰かの想いが、季節を越えて芽吹いたように、花は毎年同じ時期に咲いた。
その丘に、少女・ユリの姿があった。
かつて、彼女の目の前で一人の戦士が鬼と化し、そして己の心を失わぬために仲間の刃に散った。血を流しながらも笑ったその背中を、彼女は忘れられなかった。
「……今年も、咲いたんだね」
ユリは跪き、小さな紫の花を指先で撫でた。冷たい風が、長い髪を揺らした。空は、あのときと違って、澄んだままだった。
「また一つ、鬼の掟が消えたよ。巻物にあった“継ぐ者が現れねば、呪は繰り返される”ってやつ。ちゃんと破ったから」
誰に言うでもなく呟く。けれどその声は、風に乗って、誰かに届いたかのように空に消えた。
【二】
村の長老たちはもう語らない。鬼の話も、かつての柱の伝説も、子どもたちに語る者はいなくなった。
けれど、ユリだけは忘れない。
あの黒き柱、赫の柱、蒼き柱――それぞれが命を燃やし、守ろうとした世界を。
鬼となりながらも、決して人の心を捨てなかった者たちを。
ユリの家の隅にある小さな祭壇には、名もなき剣の鍔と、燃え残った黒い羽根が飾られていた。
「みんなが残したもの、私はちゃんと繋いでるよ。ねえ、あの時言ってたでしょう、“命は続いてゆくものだ”って」
彼女は畑に戻り、種を蒔いた。かつて鬼が現れた場所に、彼女は春になるたび、野菜と花を育てる。
誰かが生きていた証を、誰かが悲しみに耐えた場所に。
今、村の子どもたちは何も知らずに笑っている。丘で追いかけっこをして、土を踏みしめては転ぶ。
ユリは、それでいいと思っていた。
自分だけが知っていればいい。鬼になった同志のことも、泣きながら斬ったあの日のことも――彼らが夢見た、普通の未来がここにあるなら、それでいい。
そしていつか、ほんの少しだけ誰かに話す日が来たら。
そのとき、きっと笑って言おう。
「あの青い空は、誰かが命を懸けて取り戻したんだよ」って。
ありがとうございました。
心の奥に残るような物語を、一緒に最後まで描かせていただけたことを光栄に思います。
また別の世界や登場人物たちと、新たな物語を紡ぎたくなったら、いつでも声をかけてください。
それでは――
また、物語の空の下でお会いしましょう。
“鬼”とは、何か。
“掟”とは、誰のためにあるのか。
このスピンオフでは、鬼を斬る者ではなく、鬼を見送った者のまなざしからその答えを描きました。
残された少女が未来を生きる姿、それが何よりの祈りとなれば幸いです。
この物語に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
もしもこの青い空の続きを描くことがあるなら──
それは、また誰かの「灯火」が生まれたときに。




