番外編:「音の橋にて ―秘湯の夜、ぬら爺来る―」
SoundGardenの式典から数日後。
「出る事務所」では珍しく、あやのの強い提案で――**“慰労温泉旅行”**が企画された。
「なんだかんだ、みんな疲れてるしね」
「温泉行ってまで働かされたら泣くわよ、あたし」
「ヘイリーにも日本の秘湯ってやつを体験してもらおう」
「……風呂か……着替えは任せてくれ」
「梶くん、さりげなく有能」
※甲斐は「今回は関係者限定」と伝えられ、むくれて東京に残留。
やってきたのは、奥鬼怒の山間部、地図にものらない秘湯宿。
あやのの知り合い(※実質、妖怪の知り合い)を通じて予約したその宿は、
ひなびた外見に似合わず、どこか時空の歪みに沈んだような不思議な空気をまとっていた。
「……あれ、この宿……何年に建てられたの?」
「いや、登録がないぞ? 電波も途切れ途切れで……」
「たぶん“建てられてない”んだと思うよ」
「あやの……?」
夜、露天風呂。
湯煙の向こう、あやのは1人で岩の上に腰掛け、湯の波紋を見つめていた。
月が高く、静寂が降りる。
そのとき――
湯の表面にぽんっと音が立ち、波紋の向こうに、ふしぎな揺らぎが広がった。
そこに、いた。
「よぉ、久しぶりじゃのう、あやの」
ぬら爺であった。
濡れ縁に腰をおろし、足だけちゃぷちゃぷと浸かりながら、あやのの前に姿を現す。
「……もう、来るなら連絡してよ」
「わしの手紙、ちゃんと読んだろうて。風が教えてくれたわい、お主らの行き先をな」
あやのは苦笑しながらも、どこか安心した表情になる。
「見事じゃった、“音の庭”。あれは人間にしかできん技、そして――妖怪の子にしか持てぬ想いも、確かに混じっておった」
「うん。でも、まだ道の途中だよ。これからもっと音を探す」
「ほほう、そやつは楽しみじゃ」
そしてぬら爺は、不意に真剣な目を向ける。
「この先、お主の“音”は境を越えるじゃろう。
ただの都市開発じゃ終わらん。か
人と人、世界と世界、果てには“死と生”の境すら揺るがす」
「……そんなに大きなこと、私にできるかな?」
「できるからこそ、わしはこうして来た。
お主の“音”は、橋になる。世界の裂け目すら、包み込む音じゃ。」
湯煙の向こうで、ぬら爺はぼんやりと輪郭を薄くし始めていた。さ
「行け。音の橋を渡れ。そして、忘れるな――“あるがままであれ”じゃ」
ふっと風が吹いた。
あやのの髪が揺れ、ぬら爺の姿が煙のように消えた。
そしてその場に、ひとつの石の勾玉が残されていた。
――音の橋の印。
翌朝。
司郎、梶原、ヘイリーと共に朝湯に向かうあやのの胸元には、小さく光る勾玉が下がっていた。
「……アンタ、また何かしたな?」司郎が言う。
「……うん。ちょっとだけ、帰ってた」
「誰んとこ?」
「――家族のところ」




