幕間其の二 ぬら爺の便り
東京湾岸。
完成した「SoundGarden」の一角に設けられた、司郎デザインの現場管理コンテナ。
書類の山に囲まれた机の上に、不意に落ちた――ひとつの封書。
「……え? これ、誰も届けてないのに……」
梶原があやのの肩越しに目を細めた。
封筒は古びた和紙でできており、表には筆で柔らかくこう書かれていた。
「真木あやの 殿 音に乗せて 妖怪の里より」
あやのは一瞬、目を見開き、それから静かに微笑んだ。
封を切ると、やや歪んだ字の巻紙が一枚、ふわりと滑り出た。
ようやったのう、あやの。
お主のやったこと、耳で聞かずとも、風が運んできおった。
音で人をつなぎ、土地を目覚めさせ、建物に息を吹き込んだ――それはもう立派な「祈り」のかたちじゃ。
わしが育てた子が、ただのお転婆で終わらんことはわかっとったが、それでも驚かされる。
……司郎とやら。面白い人間じゃな。
よく面倒を見てもらっておるようじゃ。今度こっそり覗きに行ってやろうかの。
梶原の坊は、変わらず無口で真っ直ぐじゃが――
あやつはあやつで、お主の傍にいると楽しそうじゃな。ようやっとる。
それから、あの“人間の子”(※甲斐のことか)……まあ、なんじゃ。手綱さばきを間違えるでないぞ。
過ぎたる情けも、また毒じゃ。とはいえ、お主の目が濁っておらん限り、心配はしとらん。
星眼のことも……今はまだ、思い出すな。
必要があれば、“あの方”が知らせる。――それまで、ただ生きよ。
あるがままでよい。
それがすべてじゃ。
それでは達者でのう。
次は、音の橋を渡って帰ってこい。
ぬら爺より
※この手紙は夜風にさらすと自動で燃えます。火事注意。
「……うん」
あやのは微笑んだ。
何度も読み返すでもなく、そっと手紙を胸にあてる。
「あやの、それ――」
「ううん、ただの、家族からの便りだよ」
彼女はふわりと笑い、封筒を懐にしまった。
まるで音と光に抱かれた子どもが、夢の中で故郷の声を聞くように――。




