第八十七章 都市が呼吸する楽譜
SoundGardenの試験設営が成功し、チームは次の大きな課題に取り組み始めていた。
湾岸の広大な敷地に、恒久的な施設を建設するプロジェクトだ。
司郎は設計図を前に、真剣な表情で話し始める。
「今回のテーマは“都市が呼吸する楽譜”だ。音がただ響くだけでなく、訪れる人の動きや気配、天候までも反映する、生きた建築にしなければならない」
あやのはパソコンの画面を見つめながら頷く。
「絶対音感を活かして、ここに音の細かな変化を埋め込む。人の声や足音、風の音、さらには海の波音も取り込めるようにするの」
ヘイリーはサックスを手に取り、微笑む。
「この街の音楽は、私たちが奏でるだけじゃなく、街のすべてが参加するセッションになる。音楽家としてこんなにワクワクすることはないよ」
梶原は現場監督としての視点から言う。
「安全性はもちろん最優先だ。だが、安全なだけじゃ駄目だ。使う人の心まで動かす建築にしなきゃな」
澤井教授が視察に訪れ、プロジェクトの進捗に目を細めた。
「このプロジェクトは建築の未来を示している。音楽と建築の融合、環境と共生する都市の形。まさに時代の最先端だ」
三人の連携で、設計図は細部まで詰められていく。
その夜、あやのは一人湾岸の現場へ赴いた。
海から吹く風の音、遠くで鳴くカモメの声が、彼女の絶対音感に細やかに響きわたる。
彼女は静かに口ずさみはじめた。
「ふふ…ここで、私のハミングが生まれるのね」
音と空間が響きあい、これから始まる物語の新章を告げていた。




