表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
87/508

第八十四章 風を録る、波を聴く

早朝の湾岸エリア。

ヘイリーはショルダーに録音機材を背負い、あやのとともに静かに歩いていた。空はまだ白く曇っており、貨物クレーンの影が長く落ちている。


「この場所、まるで音が眠ってるみたいね」

ヘイリーが呟く。英語混じりのラテンなアクセントが、どこか詩的だった。


あやのは耳を澄ます。

すぐそばでカモメの声が弾け、遠くでトラックのブレーキ音が地を震わせる。波音のリズム、その合間を縫って風が通り抜ける。


「風に“拍”がある。……揺れてる」


「Perfect. Let’s try the windpipe mic.」

ヘイリーが小型の風圧収音マイクを地面近くに固定する。


あやのがそっとその上に立ち、ハミングを始めた。

波と風に合わせて、音が自然のリズムをなぞるように微かに膨らんでいく。


──空間が呼吸している。


ヘイリーはその場にしゃがみ、録音機を見つめながら呟いた。


「音って、生きてるのね。あやの、あなたの声が風に溶ける」


「この場所が歌ってるんです、たぶん。……私、聴こえる気がする」




同時刻、「出る事務所」。


司郎が図面に赤ペンを走らせていた。回廊の設計に、今録音されている“音の記憶”をどう活かすか。


梶原が設置予定の骨組み図を見て口を開く。


「現場の風の方向と強さ、潮の干満、全部読み込んで構造決めよう。“自然の演奏”に負けない素材で」


司郎はうなずきながら、印刷された音響波形の上にペンで軽く円を描いた。


「これは風の息継ぎだな……。この呼吸を、建物に入れよう」




夕方、収音を終えたあやのとヘイリーが事務所に戻る。

データを見た瞬間、司郎の眉がピクリと動いた。


「これ……ただの環境音じゃない。……音のレイヤーが浮き出してる。記憶が層になってるみたいだ」


澤井教授が静かに言った。


「この土地は、時間の音を抱いている。港、軍港、倉庫、野鳥保護区……すべての“時代”が、この湾に眠ってる」


あやのは録音機をそっと胸に当てた。


「それを、私たちで起こすんですね。音楽で、建築で」


ヘイリーが手をあげて指を鳴らした。


「Let’s awaken Tokyo’s soul, baby」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ