第八十二章 揺れる波紋
東京湾岸のSoundGarden計画は順調に進んでいた。
あやのは司郎や梶原と共に、模型の細部を詰めながら、ヘイリーと音楽的なセッションのアイデアを練っていた。
そんなある日、事務所の電話が鳴る。澤井教授からの連絡だった。
「現場で重要な発見があった。すぐに現地に来てほしい」
翌日、澤井教授が現場を視察に訪れ、計画の細部を再確認する。
教授は静かに言った。
「この場所にはただの音響効果以上の、何か“歴史の残響”が感じられる。音が物語を紡いでいるのだ」
教授の言葉に、チームの熱はさらに高まる。
だがその頃、甲斐大和は財閥の次男として、計画の資金面で密かに関心を寄せていた。
彼の明るくトラブルメーカーな性格が、このプロジェクトにも思わぬ波紋を呼ぶことになる。
「俺も手伝わせてくれよ、あやの。…お前のことは、妹みたいに思ってるからな」
彼の目に以前のような執着は無い。その言葉にあやのは微笑んだ。
「よろしくお願いします、甲斐くん」
新たな挑戦が、また始まる。
***
澤井教授が現場の音響データを見て、しばらく黙っていた。
「……確かにこれは、ただの音楽建築ではないな。“記憶の反響”に触れようとしている」
司郎が小さく頷く。
「だからこそ、音を扱う人間、空間を作る人間、それを支える人間…全部が揃ってないと成立しない」
「じゃあ、俺は“妹のガーディアン”ってことでどう?」
と甲斐がニヤけた顔で口を挟み、ヘイリーが英語で「Guard-dogって感じね」と笑う。
梶原だけは真顔で呟いた。
「……吠えるだけなら、犬でもできる」
海風がふっと吹き抜け、まだ工事も始まっていない“音の庭”に、どこか期待の音が響いた気がした。




