幕間 仙台、冬晴れ。冷たい風の中で
仙台の街に、冬の陽が斜めに差していた。光の粒がアスファルトに反射して、乾いた風にスカートが揺れる。
アーケード街を抜けた先の、少し人目の少ない並木道。
真木あやのはベージュのコートの裾を押さえながら歩いていた。
その背後に、ひとつの影がついてくる。
「あやの…!」
声をかけたのは、まだ少年の面差しを残す青年――甲斐大和。
遠野の雪を思わせる白い息が、彼の言葉を包んだ。
あやのは振り返らない。けれど、足は止まってしまう。
その肩が、ほんのわずかに震えていた。
「会いたかったんだ、本当に。あの日のことも、言いたいことも、全部…」
そのときだった。
「……おかまいなく、って言ってんのが聞こえないのかしらぁ?」
甲斐の視界に、突然ぬっと割り込んできた坊主頭の男――司郎正臣。
黒縁眼鏡の奥の目が、鋭く光った。
「し、司郎さん…!」
あやのが小さく叫んだときにはもう遅い。
ドン、と鈍い音がした。
甲斐の腹に、拳がめり込んでいた。体がぐらつき、彼は膝をついた。
「げっ……!」
「うちの子に付きまとってんじゃないわよ、このバカタレが」
司郎がスッと眼鏡を押し上げた。
低く、ゆっくりと、怒気を抑えた声が続く。
「あの子の瞳にはね――あんたに追われる怯えがあったの。
あんたに好かれることを、あの子は重荷に思ってる。
優しいあの子は、あんたを嫌えない。でもな、それは愛じゃない。情けってやつよ」
甲斐は顔を歪めたまま、それでも何かを言おうとした。
だが、司郎は容赦しなかった。
「あたしはね、あの子が笑ってるだけで満足なの。
なのに、あんたの存在があの子の光を曇らせる。目障りで邪魔なの。
だから、これ以上近づくな。二度と、来るな」
言葉が、風より冷たく甲斐を貫いた。
あやのは、ただ立ち尽くしていた。けれど、目を逸らさなかった。
その瞳には確かに――悲しみと、戸惑いと、ほんのわずかな罪悪感が宿っていた。
それを見てしまった甲斐は、全てを悟った。
「……ああ、そうか……」
立ち上がることなく、甲斐はゆっくりと立ち去った。
その背に、司郎の怒気はすでに消えていた。
沈黙が戻った並木道。
あやのはそっと司郎の袖をつかんだ。
「……司郎さん」
「ん? なあに、うちの天使ちゃん」
その声は、あたたかかった。




