第八十章 波紋の中の眼差し
翌朝、東京湾岸の仮設現場に黒塗りのワンボックスが横付けされた。
降り立ったのは、複数の外国人記者たち──ニューヨークからの建築専門誌と音楽テクノロジーの雑誌記者だった。
あやのは白シャツにネイビーパンツ、簡素な格好のままヘイリーと並んで立っていた。
記者たちは、試作された音響回廊の構造と、実際に“音が応える”様子に目を見張る。
「この少女が──設計と音響の融合を導いたのか?」
フランスの老記者が、目を細めて言った。
「音の成分じゃなく、“場の反応”を設計している……なるほど、これはアートでもある」
司郎は横で腕を組み、カタコトの英語でこう言った。
「She is not art. She is function. But… beautiful one.」
記者たちが笑う。
そんな中、現場の端に一人の若者が立っていた。
黒いキャップを深くかぶり、真剣な目つきで模型を見つめている。
「……甲斐くん?」
あやのが気づいた。
彼──甲斐大和は、学生時代からあやのに異様なまでの関心を寄せていた青年だ。かつては対立することもあったが、今は彼自身も建築と都市計画の道を歩み、独自のネットワークを持っている。
「……このプロジェクト、面白いと思っただけさ。別に、君のために来たんじゃない」
口ではそう言いつつ、彼の視線は終始あやのを追っていた。
司郎があやのの後ろに立ち、仁王のように腕を組んだ。
「彼は……知り合い?」
ヘイリーが訊ねる。
「うん、ちょっと、昔の……あれ」
「元カレ?」
「ちがいますっ」
あやのがむくれて口を尖らせた。ヘイリーがクスクス笑う。
甲斐は司郎の視線に気づくと、無言で頭を下げて少し距離を取った。
変わらず、不器用な誠意を持つ男だった。
しかしその彼が、やがて湾岸再開発において予想外の形で関わってくる──それは、もう少し後の話。




