表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
81/508

第七十九章 夜に鳴るもの

東京湾岸の現場に、夜の静けさが訪れていた。

仮設照明だけが点在する広大な土地。遠くで波がさざめき、風が杭打ち機の残響を撫でていく。


あやのは白いウィンドブレーカーを着て、中央に設置された簡易回廊に立っていた。

天井はまだ張られておらず、スチールフレームと一部の壁材のみ。それでもそこに、音は確かに“流れていた”。


「あやの、準備できたわよ」

ヘイリーがケーブルを手に、ポータブルアンプの調整を終えた。


回廊には、局所的に設置された音響反射板。夜風の中を、実験用の音が流れ始める。

──あやののハミング。

それに続き、ヘイリーのカホンが合わさる。あやのの声が風に乗ると、反射板を伝って音がわずかに跳ね返り、次のフレーズに呼応するように響きが“変化”した。


「……音が歩いてる」

梶原がぼそりと呟く。


「違うな。これは“音が戻ってきてる”んだ」

司郎が膝に図面を広げながら、感心したように唇を噛んだ。


澤井教授もその場にいた。背筋を伸ばし、耳を澄ませる。


「予測よりも──音の立ち上がりが早い。……空間が、音を育てようとしてる。これは偶然じゃない。設計が生んだ必然だよ」


あやのが振り返る。


「教授、聞こえましたか? あの“くるっと折り返す”ような残響……あれ、計算通りでした」


「まさかここまで再現されるとはな……いや、お見事」


教授の口調は穏やかだが、内心の興奮は隠せなかった。


ヘイリーが続けてカリビアンリズムを刻むと、あやのが即興でハミングを乗せる。

その音は回廊の奥へ向かい──曲がり角で“再び誰かが歌っているように”響く。


「まるで、建物が返事してるみたいだ……」

梶原が唸る。


そのとき、遠くの水面で、カモメが一斉に飛び立つ音がした。

風がふっと強くなり、あやのの髪がふわりと浮き上がる。


「……風が、合図をくれたね」

あやのが笑った。


照明が落ち、実験は終了。しかし全員の心に、何かが刻まれていた。


この建築は、

風と音と人間の呼吸がひとつになる場所。

それが「SoundGarden」の核になるのだと、全員が確信していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ