第七十八章 波紋
東京湾岸再開発計画・中間発表会。
市庁舎の大ホールに、各建築事務所、行政関係者、報道関係者が集まっていた。
壇上に立つ司郎は、いつもの作業服の上にシンプルなジャケットを羽織り、無言でプロジェクターのスイッチを入れた。
スクリーンに映し出されたのは、湾岸エリアの現在と──その上に重ねられた“音の動線”。
「“SoundGarden計画”は、都市の再生と音楽文化の融合を目指すものです」
司郎が一言だけ切り出す。
続けて、あやのがマイクを握る。
「この場所には、記憶された音があります。私たちは、過去と未来の“音”を建築でつなぎます」
模型が映し出され、音響の流れを視覚化したCGが空間を動く。
歩行者が通るたび、音が微かに変化し、施設全体が“呼吸する楽器”のように響く設計。
やがて再生されたのは──あやのが現地でハミングした旋律に、ヘイリーの打楽器が加わった短いサンプル音源。
会場に、ざわめきが広がる。
「……建築じゃない。これは……音楽だ」
最前列の記者が小声でつぶやいたのを、澤井教授は聞き逃さなかった。
それを肯定するように、彼はただ静かに頷いた。
発表後、控室に戻った司郎とあやのたちのもとに、報道陣が押し寄せる。
「建築の枠を越えてますが、コンセプトはどこから?」
「“音の建築”なんて、どう採算を取るんです?」
あやのは無言でいたが、司郎が一歩前に出た。
「建築の“意味”を問われたから、俺たちは答えただけだ。音楽と建築は、本来同じ言語だよ。形か、響きかの違いだけだ」
すると、記者のひとりが問いかける。
「では──“流行りに乗っただけのメディアパフォーマンス”という批判に対して、どう答えます?」
沈黙が落ちた。
一瞬、あやのが小さく笑った。
「流行りは風。私たちは“風の道”をデザインしているだけです。……私の声が、誰かに残るなら、それでいいです」
記者たちがざわめき、次々に写真を撮り始める。
その晩、いくつかのネットニュースやSNSに、「天才少女、音を建てる」「音の精霊と呼ばれる真木あやの」という見出しが躍ることになる。
その記事の下には、肯定と否定、賞賛と嘲笑が交錯していた。




