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星眼の魔女  作者: しろ
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第六十八章 眠れる空地

東京湾岸──

高層ビル群が途切れる、その境界にぽっかりと口を開けた土地があった。


空は広く、工業地帯の名残りを微かに留めながらも、風はやけに自由だった。

錆びたフェンス、草に埋もれた仮設の柵。土がやわらかく踏みしめられ、空が、やけに近く感じる。

かつてここには音楽フェスの会場があり、何万人もの歓声が波打っていたという。


けれど今は、ただの静けさ。

いや、あやのには聞こえていた。風のなかに、音がこぼれていた。


──過去の声じゃない。

──これから響く、未来の音。


「ねえ司郎さん、ここ……」


「ええ。鳴ってるわね。呼んでる。建てろって、言ってるじゃないの」


あやのの横で、司郎正臣が小さく頷いた。


その後ろで梶原國護が無言で測量機材を背負い、地形をじっと見つめていた。

彼の脳内では、既に地下配管の動線がイメージされていた。


「……音が迷わないように、通り道を作らなきゃいけない」


あやのがぽつりと言った。


「通り道?」


「うん、“共鳴の回廊”みたいに。けど今回はもっと開かれた感じ。風と光と音の──」


「庭ね」


司郎が言葉を継いだ。


「“Sound Garden”。あたしたちの音楽建築の次のかたちよ。まさに教授の言ってた“都市の音楽庭園”じゃないの」


**


その日の午後。彼らは澤井教授の私邸を訪れた。

書斎には古地図や都市再開発案、そして一冊の厚いスクラップブック。


「昔ね、ここで“未来型音楽都市”をつくろうとしたんだ。結局、バブル崩壊で全部おじゃんだったがね」


教授は苦笑しながらも、まなじりに熱が戻っていた。


「君たちならできる。あの蔵前で“過去を癒やす音”を形にした。

今度は、未来の都市を共鳴でつなぐんだ」


「光の通り道と、音の庭を……ですね」


あやのの小さな言葉に、澤井はゆっくりと頷いた。


**


こうして、「Tokyo Sound Garden」は静かに始動する。

この計画は、街に“音楽”という新たなインフラを張り巡らせることを目的としていた。

交差点、河川敷、屋上、地下道──

人が通るたびに、音がそっと寄り添うような仕組み。


その中心となる場所が、東京湾岸のあの空地。

そこに、音を集め、反響させ、還す「音の中庭」が造られる。


司郎デザイン、そしてあやのの“耳”をもってして初めて成立する、都市と人の“共鳴の輪”。


物語は、再び静寂の彼方へ。

だがその音は、確かに鳴り始めていた。

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