表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
66/508

幕間: 出るビルの洗礼、吉田透の長い夜

吉田透が「司郎デザイン」に正式合流して三日目。


その夜、彼は一人で事務所に残っていた。コンペの提出前、共鳴構造の再解析をどうしても終わらせたかったのだ。


時計の針が、日付をまたぐ。


「……っふー……あと少し、あと少し……」


吉田は眼鏡を外し、目元を揉む。レンガ壁越しに時計の秒針が響く――そのはずだった。


「……きこえますか」


誰かが――耳元で囁いた。


「……っ!!??」


一瞬、背中が氷のように凍りついた。吉田はぐっと椅子の肘掛けを握りしめ、震える指でファイルを閉じる。


「空耳、だろう。低周波共鳴の反射……分かってる、理屈は分かってる」


自分に言い聞かせるように、彼は言葉を吐いた。


が、次の瞬間――


エレベーターが、勝手に動いた。


誰も乗っていないはずの、それが、チーンと音を鳴らして開く。


中から、ふらりと姿を現したのは――


「……山形さんだよ~うふふふふ」


首の傾いた中年の男の幽霊が、まるでドリフのようなノリで両手をぶんぶん振っていた。


「……ッッッッ!!???!!!」


吉田は完全に無言で硬直した。叫ばない。逃げない。ただ、眉間に青筋を立てて静かに気絶した。


数分後。


「あ、倒れてる」「……うわあ、泣いてる?」

「気絶中に涙流すって、ある意味すごいよな」

「しかも『ありえない……物理的に……説明できない……』ってうなされてる」


──それを囲むのは、トイレの太郎くん、田中さん、そして当の山形さん。

幽霊たちは、仰向けに気絶した吉田を眺めながら、なんとなく申し訳なさそうにしていた。


「ごめん、ちょっとやりすぎたかな」

「まさか“ほんとに信じてないタイプ”だったとはな……」


そこへバタバタと駆けつけた足音が響く。


「あっ、吉田さん! また山形さんやったでしょ! ダメですよ人間相手に! びっくりしすぎて魂抜けちゃってるじゃないですか!」


あやのだった。彼女はしゃがみ込み、吉田の額に軽く手をかざす。


その瞬間、吉田のまぶたがぴくりと動いた。


「う、うぅ……どこだ、ここは……」


「あ、大丈夫。山形さんはもうエレベーター戻りましたよ」


「――ッ!! く、来んなって言ったのに……っ」

涙目で眼鏡をかけ直しながら、吉田は震える手でメモ帳を握る。


「……音響的に……説明できるかもしれない。うん。反射音、突発音、イリュージョン……錯視、錯聴……」


「……頑張ってる……(涙)」と、太郎くん。


その夜、吉田透は「出るビル」の本当の意味を知った。


そして三日後には――自らエレベーターに鈴をつける提案をし、却下された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ