第六十二章 Tokyo Sound Garden──響きは街を変える
ニューヨークでの共同作業は、眠らない街の熱気とともに加速していった。
あやのは、ヘイリーの自宅兼スタジオに通い詰めるようになっていた。
築100年以上の赤煉瓦の建物、屋上に打ち捨てられたピアノ。
彼女はそこで、毎晩のようにあやのと音を交わした。
「ねえ、たとえば、音って建築になる?」
ヘイリーの問いに、あやのは迷いなく頷いた。
「なります。音には形があります。わたしには──色や、輪郭として見えることもある」
「シナスタジアか。あたしのバンドにも1人いたわ。でもあなたのはちょっと……違う気がする」
ヘイリーはあやのの目を見つめた。
その瞳が、静かに揺れていた。蒼と金が、光を反射する水面のように。
プロジェクト名は、ヘイリーがぽつりとこぼした言葉から始まった。
「ねえ。たとえば──東京に、音の庭をつくったら?」
Tokyo Sound Garden。
コンセプトは、「音を聴く建築」。
東京のど真ん中に、誰もが“音”と向き合い、心を静める空間をつくる。
その音は必ずしも音楽でなくていい。風の音、水のせせらぎ、街の遠鳴り──
人の記憶に寄り添う音の集積。
司郎は最初、口数少なく図面に向き合った。
だが、あやのがヘイリーと並んで語る未来の情景を聞くうち、少しずつ口角が上がっていった。
「……バカげてる。けど、おもしろいわねぇ」
梶原は黙って素材を集め、あやのの言葉を図面に落とし込んだ。
あやのの頭には、旧・蔵前コンサートホールで出会った幽霊たちのことが、ずっと残っていた。
あの空間の響き──記憶の残響を、今度はこの街に再現したい。
その夜。あやのは初めてヘイリーのスタジオで、ハミングを録音した。
伴奏は最小限のピアノ。だがその旋律は、空気の震えをそのまま閉じ込めたように繊細で、透明で、美しかった。
録音が終わると、司郎がぼそりと呟いた。
「……あんたの声、設計図にするわよ」
それは、最高の賛辞だった。




