小章:「月の揺らぎ、誓いの熱」
カーテンの隙間から差し込む、夜の月光。
淡く揺れる銀の光が、ふたりの影を優しくなぞる。
あやのの肌は、月の雫を受けた真珠のように艶やかで、その髪は触れるたびに、ふわりと風をまとうように広がった。
梶原はただ、抱きしめた。
この世でいちばん大切なものを扱うように。
そして、その背に腕をまわしたあやのもまた、そっと、全てを委ねた。
「……あやの」
その名を呼ぶ。
何度でも、何度でも。
言葉の意味など超えて、ただ“存在してくれた”という事実を刻むように。
唇が触れるたび、あやのの身体がびくりと小さく震え、甘やかな吐息が、ふたりの間にふわりと漂う。
潤んだ瞳で見上げるあやのに、
梶原は息を飲んだ。
こんな顔を、誰にも見せたことはないはずだ。
触れられるたびに乱れていく声、何度も名前を呼び返してくるその響き──
「梶くん……」
ああ、こんなにも。
あやのという存在が、
ひとりの“女”として自分を受け入れてくれていることが、言葉にならないほど愛おしかった。
重ねた手のひらが、そっと指を絡める。
体温が移るたび、その重みすら愛しくて、その切なさに──梶原は泣きそうになった。
「……愛してる」
言葉が零れる。
うわ言のように、繰り返される愛の告白。それは一方通行ではなく、あやのの唇からも、震えるように応えが返る。
「……わたしも、愛してる」
月光が、ふたりの身体に静かに触れ、指先から肩、胸、首筋、そして柔らかな跡が増えていく。
それは所有ではない。
傷ではない。
互いに刻み込む、“存在の証”。
やがて──
すべてが満ちた夜のあと。
抱きしめ合うふたりの間に、ただ静かな呼吸だけが残った。
まだ鼓動の名残が残るなかで、あやのは微笑みながら言った。
「……これでまた、あなたに選ばれた気がする」
梶原は、額に口づけを落としながら囁いた。
「違う。お前は最初から……誰にも選ばれずとも、俺が、命を懸けて愛した女だ」
夜は、深く静かに更けていった。
ふたりの熱をそっと包みながら。
そしてこの一夜は、
どの記録にも載らない、**真木あやのと梶原國護の、“最も深い契りの夜”**となった。




