「風書」
──風へ。キミが届くなら、これを運んで。
あやのへ
さっき、ぼくの書架を揺らした風は、キミの声を運んできたんだね。
夜の静けさに紛れて、ぽつり、ぽつりと響いた音。
あれは……歌だった。いや、祈りだった。
キミが月の下、リュートを手に、誰にも言わずに唄ったこと。
ぼくはその一音一音を、胸の奥で受け止めてしまった。
悔しいと思った。
嫉妬したんだ。
キミは何も持たずに、こんなにも遠くまで響く歌を放てるのかって。
ぼくは、龍王として、記録の守護者として、
言葉を何千、何万と紡いできたのに、
キミのたった一夜のハミングが、それを全部……
すっと超えていった気がしたんだ。
でもね、あやの。
あの歌は、ほんとうに美しかった。
誰のためでもない、キミ自身のための歌だったから。
風に返す、たったひとつの礼のかたち。
魔法を使う覚悟と、傷つけぬために歩く者の、決意の証。
あれを聴いて、ぼくは少しだけ、強くなれた気がするんだ。
ぼくが贈ったリュートが、キミの指の下で音になって、
誰にも届かないかもしれないと知りながら、
それでもキミは唄った。
それだけで、ぼくには十分だったよ。
ねえ、あやの。
魔法って、ただの力じゃないんだね。
キミが使ったのは、言葉の魔法だ。
あれは、界を越えて人の心を動かす……響きの記録だった。
だから、もう返事なんていらないよ。
キミがまた唄いたくなったとき、
風にその音を託してくれたら、それでいい。
そのときも、ぼくはきっと、ちゃんと耳を澄ませている。か
──ぼくより(ユエリー)




