小章:「各界の反応」
◆ 魔界の視線:「名もなき風に潜む牙」
魔界の学者層や、旧貴族の魔術師たちは、
ユラを一様に「異界の調律獣」と定義した。
──風は魔界において不安定なものとされている。
なぜなら、風には魔力の“型”がない。
炎は燃やし、水は飲み込み、土は押し返す。
しかし風は、どこまでも流れ、輪郭を持たない。
それを手懐ける精霊獣をあやのが持つ、ということは──
**「魔界の流れをも変え得る鍵をあやのが持つ」**という解釈に近かった。
特に、かつて魔界王家に仕えていた老妖・ザイラの継承者たちは、アカシック・レコードの設計に含まれる“風の調律”を警戒し、ユラを「魔界における均衡の攪乱子」として監視すべきと主張した。
だが一方で、庶民のあいだでは──
「風の仔獣は、あの子のそばにいてくれる“清めの息吹”」とされ、
信仰の対象に近い温かな目も向けられていた。
梶原は、そうした魔界のざわめきをすべて見たうえで、
ただ一言、静かに言った。
「……あやのが手放さない限り、あの子は“魔界に風穴を開ける存在”でいい」
◆ 冥界の視線:「無記録の存在」
冥界においてユラは──
**「帳に載らない風」**として、問題視されていた。
冥界は記録の集積場であり、万象を記述し、記憶する界。しかしユラは、誕生記録がなく、名を持たず、ただ“あやのに名づけられて”初めて帳に載った。
つまり、ユラという存在は──
「記録の外部からやってきた魔いものの可能性」として、一部の霊官たちに忌避された。
だが、それに異を唱えたのが閻魔だった。
「記録は、始まりの瞬間を境界として持つ。ならば、その境界を与えたのが真木あやのであるなら、ユラは“冥界にとっての新たな頁”でしかない」
閻魔は、ユラを記録に新たな風をもたらす精霊獣として認可した。その判断は、一部の霊官から反発を受けたが、彼の言葉を誰も論破することはできなかった。
冥界の帳は、今日も静かにめくられていく。
──その一頁に、ユラの名が刻まれた。
◆ 龍界の視線:「風の彩、龍の記録」
龍界において、風は**“息”であり“律”**であり、龍の鱗の間を渡るものとされる。
その中で、ユラの存在は──
**“記録と龍脈の交差点に置かれた風”**として、極めて特殊な関心を持たれていた。
記録官・硯墨は、
あやのにこう書き送った。
「あの仔は風だが、風だけではない。あの子が尾を揺らすたび、記録の頁がかすかにめくれる。我々はまだその意味を測りかねている」
そして──
龍王・月麗は、密かにぽつりと言った。
「……ずるい。あの風、あやのの肌になじみすぎてる。ぼくの鱗より、あの子の尾のほうが近いなんて……納得いかない」
けれどその言葉に、硯墨は冷静に答えた。
「それは、龍が鱗で守るように、風が“尾”で触れているだけです。……どちらも、真木あやのという名に、共鳴しているにすぎません」
龍界はユラを「風の彩獣」と呼び、その成長と変化を記録し続けている。
いつか、風が龍の律動と重なる日を、彼らは静かに待っている。




