章間挿話:「沈黙の龍と、記録官の誇り」
界橋会議の閉幕後、重い帳の気配がようやく静まりを見せる頃。
**龍界の記録官長・硯墨**は、ひとり会議場の裏庭に立っていた。
手には、木簡と筆。
──議事録の再構成作業を黙々と続けている。
そこへ、先ほど梶原に引きずられて消えていった“件の人物”がひょっこり現れた。
「……ああ、もう、重い重い。魂にくるんだよ、あの会議は」
そう言いながら、ぐったりとした様子で石畳に腰を下ろすのは、龍王・月麗。
「……どこまで記す?」
硯墨は筆を止めず、淡々と問う。
「全部。発言、空気、咳払いまで。
“記録”は未来の礎だからな」
「……ふうん。あの冥王と、あやのの会話も?」
「当然。あれは界にまたがる“関係性の証明”だ。記さねば歪む」
「……あやのの“今”に、他の界王たちが深く食い込みすぎてる。君はそれを……どう思う?」
硯墨は、筆先を紙に落としたまま答えた。
「王は、関係ではなく“責任”で語られるべきだ」
「……そう、だね」
月麗は目を伏せた。
「王は王でいろ」
「……君はそう言いたいんだよね」
「君がどうあろうと、私は記録官として記すだけだ。
だが、もし“事実と記録のあいだ”に迷いが生じたら──君が王であることを、私は何度でも思い出させる」
月麗は肩をすくめた。
「……硯墨って、本当は冷たいのか優しいのかわからないんだけど?」
硯墨はわずかに目を細め、最後に言った。
「記録は、感情で書かない。ただ、感情を忘れずに読むだけだ」
その夜、龍界の文書室に収められた帳の副本には、
こう記されていた。
龍王、月麗。
会議後、記録官と私語。
内容、将来の王としての自覚に関わる。
感情、悔しさと照れと、わずかな誇り。
そしてその記述は、いつか未来、
小さな手が帳をひらいたとき、
きっと誰かの“支え”になるのだろう。




