章間挿話:「ずるい、ずるい、ほんとずるい」
《アカシック・レコード》界橋会議、終了後。
石造りの回廊の奥、通路の影で、一人の男が壁にもたれながらじと目を光らせていた。
龍王・月麗。
龍界を統べる者にして、普段は泰然たるその顔が、今は完全にすねている。
「……ずるい。ほんと、ずるい……」
その視線の先にいるのは、冥王・閻魔と、真木あやの。
ひそやかに言葉を交わし、長い時間をともにした者にしか分からぬ距離感で立っている。
「僕は……あれほど我慢して、会議の場に出るのを控えたのに……他の界王たちはちゃっかり顔を出して……しかも、“幼なじみ”?なんか特別感、出してるじゃないか……」
誰にでも聞こえる声量でぼやくその姿は、
まるでお気に入りの猫が他人に懐いてしまったときのような執着ぶりだった。
「……真珠色の髪に鱗を贈ったのは、龍界のこの僕が先なのに……ずるい。ずるいぞ」
そこに、ずかずかと歩いてきたのは──鬼族の男、梶原國護。
彼は片手で月麗の肩をがっしと掴むと、低く笑った。
「……おい、龍王。お前、たまにあやのの“夫”であるこの俺をすっ飛ばして勝手に暴走するけどな?」
「……それはその、あの子の未来を思ってのことであって……っ」
「はいはい、建前はあとで聞く。引っ込んでろ、鼻息熱いぞ」
ぐい、と月麗の肩を引き剥がすようにして、
梶原はその場から“すね龍王”を引きずっていく。
「いいか? あやのはあやのであって、誰のものでもねえ。
……ましてや政治の小道具でも、昔の思い出の慰め合いでもない」
「……わかってる。わかってるけど……わかってるからこそ、悔しいんだよ」
「なら、せめてあいつの目の前じゃ背筋伸ばしてろ。
それが王の務めだ。……なあ、月麗」
龍王は、ほんの少しだけ視線を逸らして、
それから誰にも見られないように、小さくうなずいた。
──その夜。
あやのの帳の片隅に、小さな紙片が差し込まれていた。
「ねえ、あやの。
ぼくにも、きみの“最初の言葉”を教えてほしかったな」
差出人の名前はなかったけれど、
あやのは微笑んで、そっとその紙をしまった。
「……月麗さま、ほんとずるいんだから」




