表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
486/508

第三十五章 記録を誰のために残すのか

《アカシック・レコード》の八角議場。

あやのの背後には開かれた帳──それは、まだ完全ではない未完の構造だった。


各界代表は、口を揃えて帳の利用規範を求めた。





「記録者の独立性を認めるにしても、最低限の規律と監査機関は必要だ」

──硯墨(龍界記録官)


「記録が力を持ち始めている。

あやの殿の善意は信じるが、それに甘えて“制度”を欠いてはならぬ」

──蒼穹(風の精霊王)


「このままでは、“記されるかどうか”が武器となる。

我らが選ばれる側になれば、争いは避けられまい」

──立野腕(魔界近衛筆頭)





あやのは静かに視線を落とす。

その目は、少し揺れていた。

「……私は、記すことで誰かを傷つけたくない」

「けれど、それは“書かない”という選択では、もう済まされないことも知ってる……」





沈黙の中、閻魔が立ち上がった。


「──帳は、“記すこと”で救われる命がある。だが同時に、“記されたことで壊れる者”もいる。それは、俺が冥王として幾万もの魂を裁く中で、嫌というほど見てきたことだ」





会場が静まる。

閻魔の声は理知的で冷静だった。


「それでも、帳の在り方に“外部の制約”を加えるべきではない。なぜなら、記録者は書き手であり、裁き手ではないからだ。裁くのは読む者であり、未来だ。

……我ら界の者ではない」





蒼穹が眉を動かす。


「では……記録者は、いかなる責任も負わぬというのか?」


閻魔は静かに首を横に振った。


「違う。記録者は、“記したすべてを抱えたまま生き続ける”という最も重い責任を、最初から背負っている」





その言葉に、あやのの胸が一瞬だけ痛む。

でも、それは逃げたい痛みではなかった。


彼女は前に出て、帳の頁を一枚、ゆっくりとめくる。


「私は……書きます。制度のためじゃなく、この世界の“続き”を読むために」



議場が静まりかえる中、閻魔が最後に言った。


「この者の記録に、冥界は全幅の信を置く。我らが干渉するのは、記録が真実を歪めた時のみ。……それが、冥界の立場だ」


その一言に呼応するように、硯墨が口を開いた。

「……ならば龍界も、それに倣おう。ただし、“記録の保存体制”については協議を残してほしい」


蒼穹が静かに目を閉じてうなずき、

立野腕が短く言葉を継いだ。

「記録者の裁量に任せる。だが、“歪み”が見えた時には即時に対処する。それが魔界の立場だ」




こうして、界橋会議第一回本会議は、一定の合意とともに幕を下ろした。

記録は続けられる。

しかし、それがどこまで続けられるのか、

その道筋は、まだ霞んでいた。




あやのの手元の帳が、またひとつ風を孕んで鳴った。


その頁には、まだ記されていない誰かの声が、

遠く、かすかに響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ