第三十一章 アカシック・レコード起工──境を繋ぐ建築
──舞台は、四界の境界に存在する無属界領域。
かつては交信塔しか存在しなかった無名の荒地に、いま、新たな建築が始まろうとしていた。
あやのと司郎は、そこに立っていた。
風は四方向から吹いていた。
魔界の黒い土、精霊界の白石、冥界の冷気、龍界の気脈──
それぞれがぶつかるこの地に、帳のための“容れ物”を建てるのだ。
「ここなら、どの界にも属さない。
つまり、どの記録にも引っ張られずに済む」
司郎は青焼きの図面を空中に浮かべた。
図面は──一冊の帳を幾何学的に再構築した空間構造。
光の入る“栞の間”、闇が沈む“未記録の層”、
螺旋状の記録室は、界ごとに色と文脈が異なるよう設計されている。
「……本当に建てるんですね、こんなものを」
あやのが小さく呟くと、司郎は不敵に笑った。
「ええ。建てるのよ。アンタの帳が“耐えきれない”くらい、世界を背負い始めたからね」
周囲には、すでに準備が始まっていた。
龍界からは、記録の気脈を安定させる龍骨石柱
精霊界からは、“言葉が染み込む”言紋花材
冥界からは、時間を刻む灰色の砂時計構造材
魔界からは、“声なき記録者たち”が持ち込んだ記録糸織の帳壁布
これらを組み合わせ、司郎は**建築としての“帳”=《アカシック・レコード》**を創る。
「この建物が完成すれば、アンタの記録は、ただの“読むもの”じゃなくなる。“入るもの”であり、“守るもの”であり、時に“戦うもの”にもなる」
「戦う……?」
「エルセディアだかなんだかが、帳を奪おうとしてるんでしょう?だったら、これは“戦場になる器”でもあるのよ」
あやのは目を伏せながら、記録帳を見つめる。
その頁の隙間に、すでに“誰かの声”が滲んでいる気がした。
光が、闇が、風が、水が、地が、火が、そして……記されぬ名が。
司郎は静かに言った。
「……これは墓じゃないわ。記録は、“死んだ過去のため”にあるんじゃない。生きているものが、世界を繋ぎながら前に進むための、骨格なのよ」
「建築と同じですね」
「ま、あたしのは“建てる”けど、アンタのは“書く”ってだけでね。どっちも、世界のカタチを決める仕事よ。責任、ちゃんと持ちなさいな」
その夜。
界境の星空の下──最初の柱が立てられた。
それはまだ“ページ”にも“壁”にもなっていない、一本の礎石。
だが、それが、
あらゆる記録の中核となる“アカシック・レコード”の最初の一筆となったのだった。




