表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
481/508

第三十章 暁花、語る光の傷

光に満ちた庭に、風が通り抜けた。

それは一瞬で、すべての音を沈黙させる静寂だった。


あやのが帳面を開いていたその時。

ページの“白”がふと淡く光り、そこから一輪の白い花が咲いた。


その中心に、姿があった。


──暁花ぎょうか

光の精霊王。





彼女は人の姿をしていたが、その輪郭はあくまで仮初のもの。

眩しさと哀しさを帯びた透明な輪郭。

瞳の奥には、かつての星々の記憶が宿っているかのようだった。


「……あなたが、私の名を記した人ですね」


あやのは驚きながら、立ち上がって深く頭を下げる。


「はい。私は真木あやのと申します。あなたに無断で“名”を記してしまったこと……ごめんなさい」





暁花は、ふっと微笑む。


「怒ってはいません。でも、少し……痛かったんです」


「痛かった……?」


「“名を与えられる”というのは、それだけで“かたちを与えられる”こと。私たち光の精霊は、本来“かたち”を持ちません。あるのは在り方だけ。だけど、名が書かれた瞬間から、“暁花”という私のかたちが、世界に縫いとめられてしまった」





あやのは言葉を失う。


それはまさに、記録者の行為が持つ“創造”と“暴力”の両面だった。





「……でも、あなたは“私という名前”に、悲しみや境界ではなく、光を見ようとしてくれた」


暁花は、記録帳をそっとなでるように見つめる。


「……光が滲んだのは、あなたのせいではありません。

“名が世界と交わった”からです」


「名が……世界と交わった?」


「はい。名はただの音じゃない。“呼ぶ”こと、“記す”ことは、その存在とこの世界を繋げる橋になる。……でも、時にそれは、私たちの在り方を“固定してしまう”こともあるのです」





あやのは、ページの上に手を置いた。


「……私はまだ、“記録”が何なのかを、ちゃんと分かっていないのかもしれません」


「記録は、まだあなたの中で、生きて変わっていくもの。でも、それでいい。私がここにこうして在ることは、あなたが“私の名”を呼んでくれたからなのだから」





暁花は、光の粒を掌に集める。


その光はひとつの文字になった──

それはあやのが記した“暁花”とは違う、元の言語での、光の名。


「これは、私たちが“光として記す”名です。もし、あなたがこの先も帳を編むのなら、“私たちの言葉”も一緒に、記してくれませんか?」





あやのは深くうなずく。


「……それが、名を与えてしまった私の責任だと思います。それでも、あなたのことを“記して”いきたい」


暁花はほほえみ、静かに言った。


「ありがとう、あやの。あなたが“呼んだ名”の意味は、まだここから育っていくのです」





そして彼女は、再び光の中へと溶けていった。

白い花はゆっくりと閉じ、記録帳の頁は一度そっと閉じられた。


その裏に、淡く、ひとつの新しい文字が残っていた。


──**「光の記憶、第一語:クゥアリア」**


それは、暁花があやのに託した、光の側の“記録言語”の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ