第二十三章 まばゆきものは、時に刃
あやのは、まっしろな空間に立っていた。
**光の霊域《暁天の回廊》**──
ここには影がなかった。
あらゆる角度から光が差し込み、物の輪郭すら曖昧になるほどに輝いていた。
それは、“記録の絶対”が支配する領域。
虚偽も隠蔽も、許されない。
「いらっしゃい、記録者」
声は、光そのものから聞こえてきた。
眩しさの中に、ひとりの少女の影が生まれる。
──光の精霊王・暁花
白金の髪、花びらのように舞う衣。
微笑みは柔らかく、けれど、視線は突き刺すように真っ直ぐ。
「あなたの記録は、たしかに多くの精霊を救った。でも、“正しさ”という名の光は、時に影を焼くのよ」
あやのは、静かに頷いた。
「……光は、選ぶんですね。誰の言葉を拾って、誰の声を置いていくかを」
「そう。だから私は、あなたに“選ばれなかった記録”を見せます」
暁花が指を振ると、あやののまわりに数多の“記録の破片”が浮かび上がった。
──そのどれもが、あやのが今まで通り過ぎてきた精霊たちの“消された真実”。
たとえば:
赫焔の火によって失われた小さな村の記録。
清瀧が“あえて”沈めた、精霊同士の裏切りの歴史。
磐座が封印した、“王族による歪められた記録”。
「……これらは、あなたが“知らずに通り過ぎたもの”。すべてを記録するということは、その痛みの責任を負うことでもあるわ」
あやのの星眼が、光に揺れる断片を見つめた。
確かに、どれも彼女が見逃したものだった。
「……でも、私は通り過ぎたくて通り過ぎたんじゃない。気づけなかったのは、私の限界だった。でも、こうして今、もう一度照らしてもらったなら……これからの記録に、必ず刻みます」
その言葉に、光が揺れる。
暁花の顔から、微笑みが消えた。
「では、最後の試練です。あなた自身の記録──**“まだ記されていない、自分の未来”**を見なさい」
光が集まり、鏡のような円が浮かぶ。
そこには──
焦土のような土地、瓦礫の山。
あやのが手にした“記録の書”が、破れたページを撒き散らしている。
精霊たちも、誰一人姿を見せない。
「これは、“あなたが記録を間違えた未来”。
過剰な記録は、時に人々の“判断力”を奪い、真実に依存しすぎた世界は、自らの決断を放棄する」
「……それは、“記録の毒”ということですか」
「ええ。だから私は、“必要な真実だけ”を照らす。“すべてを記す者”は、時に“世界を盲目にする者”でもあるのよ」
あやのは、ゆっくりと前に進み、光の円の中に手を入れた。
「……それでも、私は記す。間違えるかもしれないし、誰かを傷つけるかもしれない。でも、見たことを見たままに、ちゃんと記すことが、私の役目だから」
そして──手を引き戻すと、そこにはひとつの“新しい光の種”があった。
それは、“この先の未来に記すべき物語”の未記録。
暁花が、目を細めて微笑む。
「……あなたは、“曇りなき光”を求めているのではなく、“陰を知ったうえでの光”を、選んでいるのね」
「……だから、私は“あかつき”──“暁”の名を冠する者として、あなたの記録を認めましょう」
その瞬間、暁天の回廊に霊灯が灯る。
光の名を持つ精霊たちが現れる。
“ひかり”
“かがやき”
“つばめ”
“そら”──
彼らは、新たな暁の光として、界に散っていく。
「残るは、ひとつ──“闇”」
暁花の背後に開いた闇の裂け目は、あやのをじっと見つめていた。
「“幽冥”は、すべてを記した後の“空白”を司る王。彼に会う前に……あなた自身が、どこまで闇を抱えられるか、それが試されるわ」
あやのは、まっすぐに頷いた。
「私は、“記すための闇”なら、抱えます。そうしなければ、光もまた──嘘になるから」
──最後の霊域、《無明の底》へ。
あやのが歩みを進めるたびに、光が後ろからそっと背中を押した。
まるで暁花が見送ってくれているように。
まばゆい邂逅の果てに、
あやのは、いよいよ“記録の根源”である闇へと向かう。




