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星眼の魔女  作者: しろ
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第十五章 語り部の檻

冥王の玉座をあとにしたあやのは、冥界の最も古い記録庫へと向かっていた。

その場所の名は、《忘却の図書館》。

記録の中でも、最も人に知られたくなかった“過去”が封じられた場所。


冥界において、そこは“読んではならぬ”とされていた。

なぜなら、そこにある記録は、歴史の“傷口”そのものだから。



冥都ルオ=アンを離れ、あやのが辿り着いたのは、深い渓谷の底にぽつりと建つ漆黒の建物だった。


──図書館ではない。それは“牢獄”のようだった。


鉄の扉には一切の紋章がなく、ただ「読む者、責を負え」とだけ刻まれている。

その前に立ち尽くしたとき、あやのの耳元で、誰かが囁いた。


「記録者。読み解く覚悟は、あるか?」


声の主は、扉の中から現れた。

頭から重たいフードをかぶり、背中に無数の巻物と鍵を背負った異形の影──


“図書の亡霊《ヴェス=カルト》”。


「この図書館は、“忘れられるべき真実”で満ちている。読んだ者は、記録に飲まれることもある。君のように“記録しながら生きる者”にとっては、とくに危うい場所だ」


「それでも、知りたいの。エルセディア様の封印について。どんな記録だったのか。どうして、ここに?」


亡霊は、あやのの瞳を見た。

藍と金にきらめく星眼が、恐れずにその“記録の深淵”を見返していた。


「……いいだろう。ならば、来るがよい。

彼の記録は、《第四の階》──“焼却禁止領域”にある。他の記録とは違い、永劫に廃棄が許されなかった」





階段を下りるたびに、世界が沈んでいく。

第一階は戦争の記録。

第二階は滅びた王朝の記録。

第三階は冥界に刃向かった罪人たちの記録。


そして──第四階には、**記録者によって封印された“未公開の真実”**があった。


あやのが手にした巻物には、古く歪んだ文字でこう記されていた:


「我は万人のために生まれ、万人に裏切られた。ゆえに、万人を裁く権を求める」


それは、エルセディア自身の“自筆”だった。


「……これは、彼の告白?」


亡霊は頷く。


「エルセディアは、死の間際にこの書を残した。だがあまりに“強すぎる意志”で記されたため、記録そのものが意思を持ち始めた」


「……記録が、魂を逆に“呼び戻す”?」


「その通り。これは記録ではない。彼自身が“生きる場所”として選んだ、第二の肉体だ。」


亡霊の言葉に、あやのは言葉を失う。

それはつまり、あの“記録”が保管された時点で、封印の危険は始まっていたということだった。


「冥王さまは……このことをご存じだったの?」


「知らぬはずがあるまい。だが、“記録者が戻るまでの仮置き”として、ここに封じられた」


「わたしが、遅れたから……」


あやのは巻物を抱きしめるようにして、小さく震えた。


そのとき、巻物の奥から声がした。


──まだ間に合う

──我が名を記せ

──偽りの封印を剥ぎ、真実を残せ


それは、誰かの怨念ではなかった。

それは、かつて万人に祈られた者の、悲痛な願いだった。





図書の亡霊は言った。


「真木あやのよ。もし、彼の“正しい記録”を残せるのなら、この冥界は再び均衡を取り戻すだろう。だが、間違えば──冥界の全記録が、彼一人の伝記に成り果てる」


「……私は、書きます。彼のすべてを。裁きも美化もせず、ただ……正しく、記録者として」


亡霊は、満足げに微笑んだ。


「では行け。“記録の霧”が晴れるとき、道は開かれよう」


あやのの背に、巻物がふわりと浮かび、星眼に吸い込まれていく。


その瞬間、冥界に新たな霊灯が一つ灯った。


──それは、かつて光を持ちすぎた者の“過去”が、ようやく記録されはじめた証だった。

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