第四章:照らされぬ真実の影
地の界を離れ、あやのと梶原は、空を抜けるようにして**光の界・暁花**のもとへと至った。
世界は一変する。
ここは**“光を記録する界”**。
記憶は映像となり、真実はそのままの姿で保存される。
日々刻まれるすべての営みが、幻光記録と呼ばれる映像の層に記されるという。
だが、その記録にいま──異変が起きていた。
宮殿のような浮遊都市。
七色の光が折り重なる中、ふたりは暁花の居城へと招かれた。
そこにいたのは、透きとおるような衣をまとい、まるで光そのものが人の形をとったような精霊王。
**暁花**は、静かに微笑んだ。
「あなたが、真木あやの。ようこそ記録者。今、光は……記すべきものを、映し出すことができなくなっているの」
「映し出せない……?」
「過去の記録に、不自然な“影”が現れるのよ。
存在していたはずの誰かが、記録の中に“映っていない”。
まるで、最初からそこに“いなかったように”」
導かれて辿り着いたのは、“幻光の書庫”。
ここでは過去の記憶が、まるで天井から降る光の幕のように揺らめいていた。
あやのは、静かにその光に手をかざす。
映像は、かつての宴──
精霊たちが円になって舞い、歌い、花が咲く、祝福の映像だった。
だが、その中央に。
一人分の“空白”があった。
輪の中に、奇妙な“隙間”。
周囲は、まるでそこに誰かがいたことを“理解している”のに、記録が“それを映していない”。
「……誰かが……喰われてる」
あやのは、ぽつりと呟いた。
記録が欠けたのではない。
記録そのものが、存在を否定している。
「これは……記録を“信じている”この界にとって、最大の矛盾です」
「記録が、嘘をついているということ……だな」
梶原が、低く呟く。
この界の精霊たちは、“光こそ真実”と信じていた。
それが裏切られたとき──、残るのは疑念と不安だけ。
夜、あやのは一人で光の書庫へと戻った。
星眼がゆっくりとひらかれ、失われた影の中に沈む“声なき存在”へと接続する。
すると──
「……私は、ここにいた。けれど、誰の目にも映らなかった。光が私を選ばなかったから……。ならば私は、存在しなかったの?」
それは、記録されることを“光”に拒まれた存在の、痛切な問いだった。
「……そんなこと、ない。記録に映っていなくても……誰かの隣に立っていた。それだけで、あなたは……いたんだよ」
あやのの両手に、小さな光の粒が集まる。
**「映魂の欠片」**──
照らされなかった記憶のなかに、確かにあった存在の痕跡。
暁花がそれを見て、ゆるやかに目を閉じた。
「ありがとう、記録者。それは、光が記録しきれなかった“真実”……私たちが見落とした、“いたはずの誰か”の証」
あやのはそっとそれを抱きしめた。
「……記録は、いつも完璧じゃない。だから、わたしが記す。“見えていなかった”誰かのことを」
ふたりは旅を続ける。
次に向かうのは、もっとも過酷な界──
闇の界。
そこでは、名を持たず、記されることさえなかった声が、未だに泣いている。




