第十二章 六極会合
風の王・蒼穹が動いた報は、瞬く間に他属性の王たちに届いた。
ふだん交わることのない五つの精霊王たち。
それぞれの界は独立し、調和しつつも、交錯は稀。
だが、空哭という“記録の喪失”は、それぞれの界にすでに微細な破綻をもたらしていた。
そして、風界の円環殿を拡張する形で、六つの座が並び揃う。
これを、界では六極会合と呼ぶ。
今、そこに集うのは──
【火の精霊王・赫焔】
紅蓮を纏い、青年の姿。
激情と理を併せ持つ、**“燃ゆる秩序”**の王。
「言葉を喰らう敵? ふん……火は記録を残さぬ。灰がすべてを語るのだ。だが、“燃えぬもの”が増えてきた……それは、無視できん」
【水の精霊王・清瀧】
水面の衣を纏う女性の姿。
すべてを受け入れ、流す“包容の王”。
「水に流れるはずの声が、どこかで引っかかるようになったの。泉が答えない日が、幾夜かあった……異常だわ」
【地の精霊王・磐座】
岩そのものが人格を持ったような長老。
語りは遅いが、言葉一つが重い。“揺るがぬ土台”。
「地は記憶の器。忘れた名を抱え、沈める場所。だがな……最近、“何も沈まん”日がある。忘れることすら、できんとなれば……それは、名の死よりも恐ろしい」
【光の精霊王・暁花】
花のように華やぎ、言葉が光の粒に変わる少女の姿。
**“照らす真理”**の使い手。
「うふふ。空哭って、とても暗い名前ね。光に名があるように、闇もまた名を持つ……なら、私たちがそれに“光を”当てなきゃ」
【闇の精霊王・幽冥】
黒き布を纏う無貌の王。
言葉は少なく、存在そのものが“記憶の影”を纏っている。“忘却の支配者”。
「……《空哭》は、我らの生まれ落ちる“影”ではない。だが……影すら記録できぬなら、闇もまた死ぬ」
そして、風の王・蒼穹が立ち上がる。
「空哭の名は記録者により与えられ、対話の器は我ら風界が支える。だが、その影はすでに六極すべてへと伸びている。このままでは、精霊界そのものの構造が、記録を喪失し、言語を失う」
彼は、あやのへと目を向けた。
「記録者よ。あなたは、風だけでなく、**全ての界を歩む意志がありますか?六属性の王たちの“記憶の種子”を預かり、それぞれの界の“声なき場所”を辿れますか?」
あやのは、まっすぐに頷いた。
「はい。……わたしは、記録者です。どんなに無に見えても、誰かの声がそこにあるなら、記します」
火、水、地、光、闇──
五人の王たちは、沈黙の後、順に歩み寄り、
それぞれの精霊の核より抜き取った**“記憶の種子”**を、あやのへと託す。
手の中には、五色の光が集い、
風王の縒糸と共鳴するように脈動した。
梶原が静かにそれを見守る。
「これで、“六極の記録者”になったな」
あやのはふと笑った。
「……責任、重いなあ。帰ったら司郎さんに泣きつこ」
六極が、静かに微笑んだ。
そして、次なる扉が開かれる。




