表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
430/508

第六章 霧の庵

風が、導いていた。

あやのの足もとを撫で、森の奥深くへと、音なき声を紡ぐように──


「……あそこ」


苔むした小径の先。

立ち並ぶ木々が自然と開け、空がふいに広がる。


霧に満ちた開けた場所。

そこに、まるで息づくように佇む**いおり**があった。


柱も扉もない。

けれど、確かに“居”の気配がある。


「ようこそ」


その声は、風のように耳へ入ってきた。

どこからともなく響いた声。だが、次の瞬間には、その姿が見えた。


一本の木の根元に、静かに腰掛けるひとりの女性の精霊。


銀の長髪に、うっすらと透ける翠の装束。

翅はない。だがその背からは、風がゆるやかに立ち昇っていた。


「あなたが……霧ノきりのは


あやのが一歩踏み出すと、霧ノ葉は深く頷いた。


「記録者・真木あやの。あなたを待っていました。そして、あなたと共に来る者──“守り人”の資格を持つ者も」


「守り人?」


梶原が眉をひそめるが、霧ノ葉は笑んだ。


「記録者の足元に影を差さず、手を引き、背を守る者。あの森を越えてきた時点で、資格はすでに刻まれているわ」


霧の帳がゆらぎ、まるで場そのものが呼吸をしているように揺れる。


「……記憶の葉を受け取ったのですね」


「……はい。小さな精霊の、最後の記録」


あやのが胸元の葉を取り出すと、霧ノ葉の眼差しが、少しだけ翳った。


「……あの子の名は、ユヅリ葉。あの森の“口”にあたる子でした。記憶を運び、風を繋ぎ、森と界をつなぐ──小さな媒介者」


「ユヅリ葉……」


あやのがそっと名を呼ぶと、周囲の霧が小さく揺れた。


「あなたが記録者として来たこと、あの子はきっとわかっていた。だから、命を削って“証”を残したのです」


霧ノ葉の声には、憂いと、誇りの両方があった。


「霧ノ葉さん……精霊界に何が起きているのか、教えてください」


まっすぐに問いかけたあやのに、霧ノ葉はしばし目を閉じた。そして、ゆっくりと答え始める。


「――“風の崩壊”が始まっています」


「風の、崩壊……?」


「界を満たす“流れ”が断たれつつあるのです。精霊たちは命を風に宿し、記憶を風に溶かして生きる。それが、止まってしまった。あるいは……止められた」


「誰に?」


霧ノ葉の瞳が、わずかに硬くなる。


「“喰風じきふう”と呼ばれるもの。正体は不明です。けれど、風を食らい、記憶を削る。それは、この界だけでなく──魔界にも、地上にも影響を及ぼす」


「あやの……」


梶原がわずかにあやのの肩へ手を置く。

守るように、支えるように。


「あなたが来てくれたのは、希望です。記録者が記す限り、記憶は喰われない。風が絶たれても、“ことば”は残る」


霧ノ葉は、手を差し出した。


「お願いがあります。

 “封じの地”へ行ってください。喰風の痕跡が、そこにあるはずです。ユヅリ葉の記録が揺れたあの瞬間……そこに、何かが」


あやのは黙って、その手を握り返した。


「はい。わたしにできるかぎり、記し、証明します。

 風のために。ユヅリ葉のために」


霧がわずかに晴れ、庵の奥から、光の道が現れる。


それは封じの地──精霊界の核心へと続く道だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ