幕間 明け方の手
鳥のさえずりが、遠くからゆっくりと届いてきた。
あやのが目を覚ましたのは、空が白み始める頃。
部屋の中にはまだ夜の名残が漂っていて、薄明かりの障子越しに、ぼんやりとした月が残っていた。
隣には、寝息を立てる梶原の横顔。
少し乱れた前髪、傷だらけのままの指先。
大きな背に寄り添うように、あやのはそっと身じろぎした。
──夢じゃなかったんだ。
ゆっくりと手を伸ばし、彼の頬に指を添える。
触れた瞬間、梶原のまぶたがわずかに揺れた。
「……起こしちゃった?」
「いや……もともと、浅い」
少し掠れた声。
あやのがくすっと笑うと、彼も目を細めて小さく息を吐いた。
「……寒くないか?」
「ううん、大丈夫。梶くん、あったかい」
そう答えると、梶原はわずかに顔を赤らめた。
けれど何も言わず、黙ってあやのの手を自分の胸元に引き寄せた。
「……昨夜、乱暴じゃなかったか」
「ふふ、大丈夫。……むしろ優しすぎて、泣きそうだった」
言った瞬間、自分で照れてしまって、あやのは顔を隠すように彼の胸に顔を埋めた。
梶原はその髪に顔を埋め、息を吸い込むようにそっと囁く。
「もう、何があっても離さない」
「……うん、わたしも」
静かな誓いだった。
言葉にすると壊れてしまいそうな、小さな願いのような誓い。
しばらくそのまま、ふたりは身を寄せ合っていた。
時間はゆっくりと流れ、やがて朝の光が障子を透かして差し込む。
「……朝ごはん、どうする?」
とあやのが言うと、梶原は少し考えてから、ぽつりと。
「……お前の匂いがするから、何もいらない」
「……ばか」
あやのは、少しだけ怒ったような声でそう言って、
でもそのまま笑った。
とても静かで、
どこまでも満ち足りた、ふたりだけの朝だった。




