幕間 夜の深さ、肌の記憶
あやのは、静かに梶原の胸に額を預けていた。
聞こえる鼓動は大きくて、ゆっくりで、それでもどこか必死だった。
「……もう、どこにも行かないよ」
囁くように言うと、
梶原の指がそっとあやのの髪を梳いた。
震えていた。
「あやの……」
自分の名を呼ばれるたび、
胸の奥がきゅっとなる。
梶原の声は、ただの音じゃなかった。
彼女の中の、なにかを直接撫でるようだった。
ゆっくりと、唇が重なる。
先ほどの川辺のキスとは違う、もっと深い、深く確かめるような口づけ。
そのまま、障子が閉じられた。
月の光は、ふたりの吐息と重なり、影のように部屋を満たしていく。
浴衣の布がふわりと落ちた音さえ、夜の静けさのなかではやけに大きく響いた。
肩を撫でる指先、腰に回る腕。
梶原の動きは決して乱暴ではない。
けれど、そのすべてに、抑えきれない想いがこもっていた。
「あやの……本当に……?」
「うん……」
その問いかけに、あやのは迷いなくうなずく。
言葉では足りないから、代わりに手を伸ばして、彼の頬に触れた。
そっと、頬擦りするように唇を寄せた。
「……もう、怖くないよ。あなたとなら」
畳に触れる肌の冷たさと、
梶原の体温の熱さが交錯する。
絡まる指、そっと重なる吐息。
どちらからともなく求め合い、導き合うように、
ふたりは夜の深みへとゆっくり沈んでいった。
苦しげに、けれど甘く呼ばれる名前。
不器用な男が、必死に愛を伝えようとするたび、
あやのの胸の奥のなにかが、ほどけてゆく。
肌がふれあうたび、
もうひとつの孤独が、少しずつ消えていくようだった。
その夜、ふたりは言葉ではなく、
体温と鼓動で、心を結び合った。
どこにも行かないという約束も、
ずっと傍にいるという願いも、
すべてを抱きしめるように──。
ふたりの夜は、ゆっくりと、確かに、明けていった。




