表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
420/508

幕間 月を閉じ込めた部屋

宿へ戻る道すがら、ふたりはほとんど言葉を交わさなかった。

けれどそれは、沈黙ではなかった。

繋がれた手のひらと、時折交わる視線がすべてを物語っていた。


宿は温泉の湯気に包まれた、古びた木造の離れだった。

客もほとんどいない。

魔界の片隅にある、忘れ去られたような宿は、この夜ふたりのためだけに用意されていたかのようだった。


部屋の灯りは、薄明かりひとつ。

障子越しの月が、畳に淡く影を落としている。


あやのはゆっくりと浴衣を直しながら、ふと立ち止まった。

振り返ると、梶原がそのまま、部屋の隅でじっと彼女を見つめていた。

不器用な目。けれど、逸らさずに見ていた。


「……なに?」


あやのが小さく笑う。

けれど梶原は、答えなかった。


代わりに、静かに近づいてきて、何も言わず、彼女の頬に手を添えた。


その手が、熱い。


そのまま梶原は、あやのを抱きしめた。

ゆっくりと、確かめるように、胸の奥から何かを吐き出すように。


「……お前が、帰ってきてくれて、よかった」


その言葉に、あやのの肩がかすかに揺れた。

そしてそっと、彼の胸に額を預ける。


「ねえ、」


「ん?」


「……もうどこにも行かないって、言ったら……縛ってくれる?」


冗談めいて言ったはずなのに、

言葉の最後が少し震えて、あやの自身が驚いた。


梶原は答えなかった。

ただ、腕の力が増す。


──それは返事だった。


畳にふたりの影が落ちる。

外では虫の音が、まるで息をひそめるように、遠くへと消えていく。


夜が深くなっていく。

月の光が、障子のすきまからこぼれ、

まるでふたりだけの世界を、そっと閉じ込めていた。


この夜を越えて、

ふたりの時間は、もう後戻りのできない深さへと静かに流れていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ