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星眼の魔女  作者: しろ
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第七十九章 その瞳に映る、三人の影

白銀の鱗は、まだあやのの掌のなかにあった。

淡く脈打つような光を放つそれを、両手で包み込むようにして、彼女はひとり石の縁に腰を下ろしていた。


龍王の声、彼のまなざし、そのすべてが強くて静かで……どこか、悲しい。


──名を呼ばないでください。


あの一言に、どれほどの意味があったのか、いまさらになって震えてくる。

誰のものにもなりたくないと願うのは、傲慢なのか。

誰かを傷つけるのは、逃げていることになるのか。


風が吹いた。

白く冷たい風だった。

この龍界に来てから、彼女は思考という名の牢の中に、静かに閉じ込められている。


ふと、まぶたを閉じる。


──浮かぶのは、あの二人の姿だった。


**


「……あたしの助手が神様に口説かれたぁ? 冗談じゃないわよ、まったく」


思い出のなかで、司郎はきつく目を細めていた。

あの眼鏡越しの視線は、いつだってあやのの“選択”に対してまっすぐだった。


「いい? あたしはあんたの才能を信じてる。でもそれは、誰のものにもならずに生きていけるって信じてるからよ」


彼は自由を重んじる人だった。

干渉せず、けれど無関心でもない。

傷ついたときにだけ、何も言わず背中を貸してくれるような男だった。


──“そのままでいてほしい”という愛し方。


**


一方で、梶原國護の眼差しはまるで異なっていた。


“君が泣いた夢を見た。気になって、起きた”


夢のように静かな声が、思い出の中で囁く。


彼はなにも言わない。

愛しているとも、奪いたいとも、口にしたことはなかった。

ただ、隣にいて、寒くないようにしてくれるだけだった。


夜にふいに布団をかけてくれるような、言葉のいらない優しさ。


──“あやのという日常”を守ろうとする、不器用な愛。


**


そして──


「その寝不足が、ぼくのせいなら、ちょっとだけ嬉しいな」


龍王の目は、惑いもなくあやのを見ていた。

千年という時間の果てに、それでも何かを求めるまなざしだった。


あやのは、その視線に“愛”を見た。

でも同時に、それが“決断を迫る力”であることも感じていた。


与えられるのではない。

“差し出される”のだ、自分という存在ごと。


その重さに、言葉が出ない。


──“名を呼ばせてほしい”と願う王の孤独。


**


「…………あたしは」


声にならない声が、唇にかかる。


司郎の自由、梶原の沈黙、龍王の欲──

そのどれもが、自分を映していた。

映してくれるからこそ、縛る力を持っていた。


あやのは顔を上げた。

龍界の空は、いつも少し蒼くて、少し遠い。


この鱗は、誰かの愛の証。

それを握りしめたまま、まだ名前を呼べずにいる自分は、きっと──


「……だれの目にも映ってしまう、生きものなんだな」


そう、あやのは思った。


まだ、答えは出せない。

でも、胸の奥には確かに芽吹きつつあるものがある。


その日、彼女は誰にも告げずに、鱗を衣の裏に縫い付けた。

まるで、まだ心が迷子のままであることを、誰にも見せたくなかったかのように。

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