章間詩: 「風の王に捧ぐ歌」
風が語る かつてのことを
千年の空を統べし者
その背に雲を、眼に夜明けを
抱いて飛びたる 王よ、龍よ
空は高くて 誰も届かぬ
地に落つ涙 誰も知らずに
ただひとつ その嘆きに
風だけが 寄り添った
銀の鱗は 陽を拒まず
けれどその瞳に 灯りはなく
夜毎、夢路をさまようか
誰の名を その爪に刻む
嵐を呼びて 守りしものは
まだこの地に 生きている
花となり 声となり
風となりて ここにある
王よ あなたは知っていた
この世界の終わりより
音にこそ 命が宿ると
記憶は歌になりて残ると
ああ だから私は
言葉ではなく 歌を捧げよう
あなたが笑わぬならば
せめて、静かに頷くまで
音は羽根 音は祈り
遠き天へと舞い上がれ
悲しみを、孤独を 連れ去って
王の空に 光を残せ
私はただ、歌うもの
風を抱き 名を捨てて
いつかあなたが眠るとき
この詩が 枕となりますように
──風の王よ
忘れられぬもののために
あなたが涙した日々のために
この歌は、生まれたのです
リュートの音が、ふ、と途切れた。
あやのは弦にかけていた指をそっと離し、呼吸をひとつ、置くように吐いた。
音が消えても、空気はまだ震えている。
その振動は、龍仙洞の奥にまで届いているはずだった。
──あの、悲しい目をした王の胸へ。
風は今も、静かに吹いている。
かつて空を制した王の肩を撫でるように、どこまでも優しく。
あやのの瞳は、閉じたままだった。
そこに映る景色は、ただひとりの龍に向けられている。
歌は、まだ終わっていない。
それが王の心をほどくまで──




