第六十五章 隠された風のささやき
知の庁、薄明かりの蔵書室。
蘇芳は若手筆士の数名とひそやかに顔を寄せていた。
「……王族の命令は重い。だが、私たちの役割は“記録の純度”を守ることだ」
「しかし、あの通達で、記録の草稿を庁内で見られなくなりました。いったい、どう動けば……」
「ならば、“公式”を外れて動くしかない」
蘇芳は目を細めた。
「庁の内部ネットワーク“風の閲覧”システムを利用し、彼女の記録帳の原稿をひそかに共有し、検閲から守ろう」
若き筆士の一人、涼は、深夜の庁に忍び込む。
暗闇に溶け込むように、風の閲覧端末にアクセスする彼女の指先は震えた。
そこにはすでに“検閲済み”の文字が並び、オリジナルの記録帳は封印されていた。
しかし涼は諦めない。
「……あやの殿の言葉を、あのままの形で届けたい……」
彼女は地下の秘密ルートを通じて、書簡の改竄前の原稿をコピーし、
庁外の信頼できる文士たちに送る手配を進めていた。
蔵書室での密会が続く。
蘇芳は言う。
「私たちは小さな“風”でしかない。だが、風は少しずつ場所を変え、形を変え、届くべきところに届く」
若手筆士たちの目に、決意の光が宿る。
「誰かが、記録者を守らなければ。
あやの殿が、ただの“王の言葉の器”になってはならない」
ある夜、風楼のあやののもとに、密かに一通の書簡が届く。
差出人は庁の若手筆士の一人、涼からだった。
「記録者殿へ
あなたの言葉は確かに届いています。
この龍界に、真実の風を吹かせるため、私たちは動いています。
安心してください。
—涼」
あやのはその文字を胸に抱き、静かに微笑んだ。
知の庁の闇の中で、月麗の統制が強まる一方、
小さな風が密やかに生まれ、育っていた。
それは、あやのを中心にした“風の連帯”。
まだ誰にも気づかれず、龍界の隅々にそっと息づいている。




