表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
378/508

第六十四章 君の風を守るために

──庁内の机が、ざわついていた。


記録者・真木あやのの認定から数日。

彼女は静かに庁や龍仙洞を訪れ、資料を読み、記録を重ねていた。

だが彼女の行動には、常に数名の従者が付き添っていた。


それは庁の者たちの目にも見えていた。

「護衛」ではなく、「監視」ではないか──と。


「あれは……彼女が望んでいるのだろうか?」


「いや、違うな。王の命令だよ。“彼女の安全を守るため”だと」


「……安全を守るなら、あんな目立つ護衛などいらんはずだ」


知の庁の若き筆士たちが、囁く声。

あやの自身はまだ、気づかぬふりをしていた。



月麗は書院にて、側近の補佐官・琅華ろうかと向き合っていた。

机の上には、あやのが提出した記録帳の副本と、庁の反応記録。


「──やはり、彼女の言葉には“重み”がある」


「はい。ですが、それゆえに、王族内でも『影響力を持ちすぎる』という声が出始めております」


「……君は、彼女がこのまま“自由に記す”ことに、不安があるのか?」


「いいえ。私は、あの方が“記しきる”ことこそ、龍界にとって希望だと思っております。

ですが──」


琅華は、筆を置いた。


「王が“彼女の盾”であろうとするならば、周囲は、その手を“剣”と見るでしょう」


月麗は静かに頷いた。


「ならば、いっそ──剣にしてしまおうか」



翌日、知の庁に一通の通達が下る。


【記録保全規則 改定通達】

記録者・真木あやの殿の記述するすべての文章は、王宮にて副本保管を行うこと。

また、記録の正当性を担保するため、庁内においての“草稿段階の閲覧”は禁止とする。


庁の者たちは、ざわめいた。


「……これは、検閲では?」


「だが、名目上は“保全”だ。記録の改ざんを防ぐため、とある」


「けれどこれでは、あやの殿の言葉が“王の言葉”として読まれてしまう……」


蘇芳は静かに、それらの声を聞いていた。

ただ一言、呟く。


「“風”を囲うつもりか、月麗──」



風楼の書室。

あやのは、自身の提出した記録帳の写しを手にしていた。


そこに、彼女が書いた覚えのない“注釈”が、朱で加えられていた。


「当記録の見解は、あくまで観察者個人のものであり、王族代表の意向とは一線を画す」


「……誰が、こんな注釈を……」


幸が静かにうなり、戸口を見た。

そこにいたのは、やはり彼だった。


「……来てくれたんだね、月麗さま」


月麗は微笑んだ。

彼の笑顔はいつもと変わらない。

けれど、あやのにはわかった──

その奥に、“無意識の独占欲”が根を張っていることに。


「君の記録は、龍界の風だ。だからこそ、風が“傷つかないように”……ちゃんと守らなきゃいけない」


「……でも、それは“私の言葉”が届く場所を選ぶってことですか?」


「君の言葉が届いた先で、何かが壊れるのを……私は見たくない」


「それでも、私は記録者です。

見て、聴いて、書く。それが、私の役目です」


月麗は黙って、彼女を見つめた。

その瞳には、どうしようもない孤独と、どうしようもない執着が交じっていた。



その夜、あやのは静かに、風帳を記す。


王は、風を守るという。

けれど、それは“囲い”ではないか?


自由をくれる者が、

その自由を“制御しようとする”とき、

私たちは──何を選べばいいのだろう。


私の言葉が、誰かを傷つけるとしても。

それでも私は、止めない。


記録者とは、そうあるべきだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ