第三十八章 二人からの返事
梶原國護は、昼下がりの作業を一時止めて、手元の机に向かう。
灰色の空が垂れこめる魔界の片隅、埃まじりの書斎で、彼はあやのの手紙を何度も読み返していた。
「……あやのは、強い女だな」
拳を握り締め、静かに筆を執る。
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真木あやのへ
無事に手紙を受け取った。
君のことを思うと、胸の奥が熱くなるが、俺はここで、魔界のインフラを守るために踏ん張る。
幸は龍界にいるが、彼女の目と耳になって、君を守り続けていることだろう。
だから、俺も俺のやるべきことを果たす。
君が龍界で学ぶことは、間違いなく魔界を変える力になる。
俺はそれを信じている。
無理はするな。体だけは気をつけろよ。
また会う日を楽しみにしている。
梶原國護
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筆を置き、深く息を吐く。
「お前の護衛も、俺もな……待っている」
【魔界の薄暗い部屋──司郎の返事】
司郎正臣は、煙草の煙をゆらしながら、あやのの手紙を目の前に置いた。
無機質なデスクの上、設計図や資料に囲まれているが、その瞳はあやのの言葉に釘付けだ。
「ふむ……まだ涙をこらえているか」
軽口を叩きながらも、彼はゆっくりとペンをとる。
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真木あやのへ
あらあら、手紙届いたわよ〜。
こっちの仕事は相変わらず忙しいけど、あんたの無事が何よりの安心材料よ。
調薬の授業なんて、まったくあんたらしいわね。
生きる芸術家が異世界の音に触れるなんて、聞いただけでワクワクしちゃうじゃないの。
失敗したっていいのよ。成功も失敗も全部あんたの“味”になるんだから。
私はいつだってあんたの味方よ。
身体は大事にしなさいよ。夜更かしなんてとんでもないわよ。
“怖がるな、信じろ”って言ったでしょ? 今でもあんたの心に響いてるはずよ。
じゃ、またね。次の手紙、楽しみにしてるから。
司郎正臣
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煙草の火が揺れ、煙がゆっくりと天井へと昇る。
彼もまた、あやのの帰りを待ち続けている。




