第三十六章 月麗の訪問──過干渉な愛情
授業が終わってしばらく経った頃、
風の楼の縁側で、あやのは静かに調合のノートを開いていた。
風に揺れる紙片に目を落としながらも、まだ授業の緊張が残っているようだった。
──そんな時だった。
「真木あやの、よくやったね」
背後から柔らかな声が響き、
あやのは驚いて振り返った。
そこに立っていたのは、満面の笑みを浮かべた月麗。
彼は華麗な龍紋の羽織を揺らしながら近づき、
まるで親が子を褒めるように、あやのの肩を優しく叩いた。
「あの千蔵先生の授業で“毒”と“薬”を見分けるなんて、並の者にはできないことだよ」
「でも……まだまだ、失敗も多くて……」
あやのは照れくさそうに目を伏せる。
月麗は軽くため息をつきながらも、真剣な眼差しで続けた。
「失敗は当然だ。だけど、君は少しずつ龍界の“気”を掴み始めている。私も誇りに思うよ、君がここに来てくれて本当によかった」
そう言いながら、彼はあやのの頬にそっと手を添えた。
その手は熱く、けれど繊細で、あやのの心を強く揺さぶる。
「あのね……」
月麗の声はさらに柔らかくなる。
「これからはもっと私が君のそばで見守る。君のためなら、どんなことでもしてやるよ」
「えっ……?」
あやのは驚いて、少し後ずさる。
すると背後から、幸が低く唸り声をあげて間に割り込んだ。
「ふふ、君の番犬は相変わらず厳しいね」
月麗は楽しそうに笑い、幸の頭を軽く撫でた。
「だが、それも安心材料だ。君を守る者がいるなら、私も安心できる」
あやのは月麗の眼を見つめ、静かに息をついた。
「……ありがとう、月麗さん」
その言葉は、これからの長い旅路への小さな決意の証だった。




