第三十五章 第二回授業──風と毒の選別
翌日。
あやのは、再び龍仙洞の奥、学びの間へと向かった。
しかし今日は様子が違う。
天井は閉じられ、香炉の代わりに複数の鉢と壺が並べられている。
講師の千蔵が、冷ややかな目で言う。
「──本日、君に与える課題は、“毒と薬の選別”」
彼は、大小異なる五つの鉢を指差した。
「この中には、それぞれ異なる龍界の草が入っている。
あるものは、肺を潤す霊薬。
あるものは、体を破壊する劇毒。
あるものは、見た目を惑わせる幻香」
「……触れたり、口にしたりして、調べるんですか?」
「否。君は音で、風で、気で、それを“感じ取る”。
それが龍の道だ」
あやのは息をのんだ。
千蔵はさらに言う。
「今から香を立てる。
それぞれの鉢に封をしたまま、“香の音”だけを感じろ。心で見てはならぬ。気で読め」
あやのは目を閉じた。
周囲には薄い香の風。
その中に、かすかに異なる“揺れ”がある──
(……これは、私の“感覚”が問われてる)
星眼の力を使えば、一瞬で真偽を見抜ける。
だがそれは、“自分の力”ではない。
今ここにある、自分自身の五感と、呼吸と、直感で掴まなければならない。
一つ、香りが漂う。
──甘く、けれど奥に鋭いものを含む。
風がその鉢の周囲を撫でると、空気がざわついた。
(……これは、毒)
二つ目。
すうっと鼻を通り、身体の奥があたたかくなる感覚。
(これは、薬)
三つ目。
その香は、不自然なほど心地よく、しかし、何かが妙に“軽い”。
(これは──幻?)
あやのはそっと指を動かし、香の風を撫でるように読む。
目を使わず、ただ五感を重ねる。
やがて──
「……一つ目、三つ目、五つ目が毒。二つ目と四つ目が薬です」
静かな声で、答えを告げる。
千蔵は、黙って手を動かす。
封を開け、順に確認する。
やがて──
「……正解だ」
あやのは、ようやく息をついた。
「ただし、三つ目は“幻香”ではなく、“遅効毒”だ。君はそれを“軽さ”で見抜いた。つまり、君の感覚は、既に“表”ではなく、“裏”を読んでいる」
「……ありがとうございます」
「驕るな。だが、今の君ならば、龍仙洞の調薬場の“見習い”として通用する」
そう言って、千蔵は背を向けたが──
「……いずれ、君が“龍にとっての毒”か“薬”かも、見極めねばならぬな」
と、呟いた。
あやのは、背筋にうすく寒気を覚える。
その一言が、意味するものは──まだ分からなかった。
けれど、どこか胸の奥に、小さな痛みが灯る。
(私は……ここに、いてもいいのかな)
その時、遠くから月麗の笑い声が聞こえてきた。
風が揺れる。
あやのは、そっと前を向き直し、歩き出す。




