第二十八章 龍界到着ーーそして、月麗
光の門をくぐった瞬間──
あやのの肌を、まったく違う“世界の気”が包み込んだ。
空気が少し甘い。
どこか香が漂っているような、でも自然の匂いでもあるような──そんな不思議な風。
空は高く、浮かぶ雲がゆっくりと東へと流れている。
そして、目の前には、朱塗りの巨大な門。
金で「龍仙洞」と書かれた文字が、朝陽に照らされてきらきらと光っていた。
「……すごい……」
思わず呟いた瞬間──
「──あやの!」
軽やかで、どこか甘えるような声が響く。
その声と同時に、ふわりと風が吹いたかと思うと、目の前に現れたのは──
例の、オスなのかメスなのか判別不能な、端正すぎる龍王・月麗だった。
「来てくれて嬉しいよ、本当に」
そう言うなり、躊躇なく距離ゼロであやのの肩に手を回し、さらに顔を近づけ──
「ふふ、こんなに早くまた会えるなんて思ってなかった。嬉しいな。元気だった? 寂しくなかった? ねえ、僕は?」
──そこまで詰めたところで。
「──ッゥワ゛ン!!!」
背後で**幸**がうなった。
低く鋭く、牙をむいて月麗に吠える。
体を張って、あやのと月麗のあいだに割って入る。
「お、おおぅ……なるほど、君もきたんだね」
月麗はすぐさま手を引き、二歩ほど後退。
けれど、その顔には驚きよりもむしろ感心したような笑みが浮かんでいた。
「賢そうな目をしてる……ふふ、さすがだ。あやのの傍にいるにふさわしい子だね」
幸はまだ警戒を解かず、あやのの足元にぴたりと寄り添っていた。
あやのは慌てて幸の頭を撫で、月麗の方へ向き直る。
「ごめんなさい……幸、初めての場所で、ちょっと緊張してて……」
「ううん、いいんだ。……当然だよ。僕の“テンション”がちょっと高すぎたよね、うん」
まったく反省していない笑顔で、月麗はくるりと踵を返すと、ふたたびあやのの方へ顔を向けた。
「でも、それはそうと──」
不意にその目が細められ、光る。
「案内したい場所がたくさんあるんだ。おいで?」
その手が、まるで子どものような素直さで差し出された。
あやのは一瞬ためらい──そして、笑った。
「うん。よろしく、月麗」
そっと手を伸ばすと、月麗はすぐさまその手を取って、軽く引いた。
「急がなくていいから、でも、いっぱい歩くよ。龍界って思ってるより広いからね。
まずはね、龍仙洞。それから、君が住む“風の楼”。それと──」
「……ふふ、はいはい、分かったってば」
あやのは振り返って、幸に目で合図を送る。
「幸、お願い。ちゃんと見ててね」
黒い忍犬は、すっと立ち上がり、ふたりの後ろについた。
そして──
あやのの新しい旅が、
静かに、でも確実に、龍界という異国の地で動き出した。




