表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星眼の魔女  作者: しろ
340/508

第二十七章 旅立ちの朝

朝靄がまだ晴れきらぬ、魔界の朝。


空の色は人界よりも深く、ほんの少しだけ“紫”が混じっていた。

それはまるで、夜の記憶をまだ手放したくないような空だった。


館の中庭に、ひときわ大きな“風の渦”が起こる。

その中心に現れたのは、銀青の衣に身を包んだ、龍界の使いたち。


美しく均整の取れた青年が、一歩前へ出て恭しく頭を垂れる。


「真木あやの様。

月麗様よりの迎えに参上いたしました。ご準備のほど、よろしいでしょうか」


声は静かで、まるで楽器のように澄んでいた。

あやのは黙ってうなずき、扉の前に立つ。


背には軽い旅装。

衣には、魔界の花布で仕立てた白い外套。


足元には「さち」──黒くしなやかな忍犬が、しっかりと寄り添っている。





中庭に出ると、魔界の重鎮たちがすでに顔を揃えていた。


年嵩の学者。

魔界薬師の長。

言葉少なな評議会の老魔たち。

そして、あやのの記録を支える各分野の賢者たち。


皆、一様に深い礼をとる。


「記録者殿。このたびの旅立ち、我ら一同、心より尊び申し上げます」


「龍界にて得られた知が、またこの地を照らす灯火となりますように」


あやのは一人ひとりの顔を目に焼きつけるように見渡し、静かにうなずいた。


「……ありがとうございます。必ず、戻ってまいります」


その瞬間──彼女の足元の花が、風に揺れ、わずかに煌いた。

まるで送り火のように。




だが、彼の姿はそこになかった。


梶原國護は──見送りには来ないと、そう決めていたから。


けれど。


あやのが、使いの者たちに向き直り、「行こう」と一歩を踏み出したその時だった。


中庭の端、ひとつ影が動いた。


──黒衣の男が、低木の陰からそっと出てきた。


「梶くん……?」


声が漏れた瞬間、あやのは駆け寄っていた。


「来ないって……言ってたのに……!」


「……門の外までは行かない。……でも、顔だけは見ておきたかった」


そう言って、彼はすっと、あやのの髪に触れた。


「おまえの髪、少し伸びたな。……きっとまた、伸びるんだろう。帰ってきたら、切ってやる」


「うん」


「“幸”を頼るのはいい。でも……無理だけは、するなよ」


「うん……!」


あやのの目が潤んだ瞬間、彼はそっと抱き寄せた。

人目もはばからず、ただ無言で、しばらくそのまま──


あやのは、彼の腕の中で震えながら、小さな声で言った。


「……だいすき」


「俺も。行ってこい、あやの」


そして、腕を解く。


彼の瞳の奥に宿るのは、ただまっすぐな信頼だけだった。




龍界の使いが結界を開く。


霧のように現れた光の門の向こう──そこに、新たな世界が待っている。


あやのは一度、深く息を吸い込んだ。

足元の幸が、その気配を察して、軽く鳴いた。


「行こう、幸」


一歩、また一歩。


そして、あやのの背が、光の向こうへと消えていく。


彼女の旅路は、ここからまた──

新たなページへと記されていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ